外法2
「さっきの女はつまらなかった。何も得られやしなかった。あんたはいいな。服従させたい、その目も、口も、体も……」
恍惚とした目に、涎が漏れ出した口から喜びの言葉が漏れている。しかし男の口からその後の言葉が続かない。あえぎ声のように小さく繰り返して自分の胸元を見つめている。
男の胸の前には大きな手があった。正確には体を突き抜けて現れた手だ。白い手の平が大きく開くと内臓を抉り取るように体内に戻っていく。ブチブチと千切れる音が響き、男の口から泡が吹き出す。雨が再び強く降ると足元を赤黒い液体が広がった。
その手がミズナギの物であると男は気付かなかった。ただパクパクと口を動かしてミズナギの顔を見つめている。ゆらりと男が倒れこむと、ミズナギはそれを避けて立ち上がった。足元に崩れ落ちた男の頭を踏みつけて、ゆっくりと力を込めていく。ミズナギの唇が何かを唱えると、男の頭はミシミシと鳴り、靴の下で粉砕した。
降下からそれを見つめていたレイモンドは、雨の中たたずむミズナギの姿にただ見惚れていた。戦いの最中、一瞬の隙をつき、執行者の背中と自らの手元に水の膜を作り空間を繋げて内臓を抉ったのだ。
まるで鬼神のようだ。美しく穏やかな気配を纏っているのに。
事の終わりに反応したのか、その場に立ち込めていた空気が清浄に戻っていく。そしてミズナギもレイモンドの下へと歩き出した。
「お見事です」
「……気色悪い」
ミズナギは指で唇を拭ってレイモンドを見る。
「レイ、これを見ろ」
もう片方の手を差し出す。赤黒い内臓だ。それには多くの呪符が編みこまれている。
「……術師だったのでしょうか?」
「いいや、本人は大したことはない。しかしこれを仕込んだ奴はそうだろうな」
「でも……執行者と接触すれば大体は殺されてしまうものなのに」
ミズナギは手に持っていた内臓から呪符を一枚抜き、内臓を放り投げた。
「文字からして……人ではあるな。執行者だと理解している可能性がある」
呪符に息を吹きかけて片手で印を結び、指先で文字を描く。手の中で蒼い炎が呪符を燃え上がらせる。まるで人のように動き回ると小さな黒い消し炭になって消えた。
「返しておいた……」
「死にますか?」
「いいや……しかし致命傷にはなるやも知れぬ。人の使う術はまがい物だからな」
二人は降下に入ると横たわっている女を見る。
「レイ、その女を病院へ運ぶぞ」
レイモンドが女を抱き上げるとその場を後にした。
天海の滝にしぶきが上がり、地上の海と交わるとそこに虹がかかっている。船についた錘を降ろして、三号と鳶丸は船を降りた。海は広く岸まではまだ遠かった。
「ええ~、ここからですか?」
三号が遠くの海岸を見ると、鳶丸はふわりと浮いて三号に手を伸ばした。
「泳ぐわけじゃない。お前は本当に面白い奴だな。ほら、捕まれ」
鳶丸の手に捕まって、ぐいと引き上げられ海の上を歩く、その表現が正しいかどうかはわからないが。三号はもう泳がなくていいことに気分を良くした。
「それで……ここからどうするんです?」
「ああ、とりあえず町へ向かう。俺達の格好をなんとかしないと。浮いて仕方ない」
「そうですね。地獄は人の世界と少し時間の流れが違いますし、流行りも違いますから。私は鳶丸様の着物と服を合わせた格好、好きですよ」
前を行く鳶丸は羽織を皮のベルトで締めて、その下に長袖の洋服を合わせている、足元は細いズボンに膝まであるブーツ。上背がある分スタイリッシュだ。
「それはどうも」
二人は海を渡り、海岸へ出るとタクシーを捕まえて町のほうへ出た。三号は窓の外を見ながら目を輝かせていたが、都心に入った時、すんと静まり返る。
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