共感3

「帰って、もう二度と来ないで」

 拒絶の言葉にイツカがダメージを受けるのはわかっている。けれど彼の浮気癖は昔からだ。そして今も同じで、人を咎める癖に自分を見返したりはしない。

 何で……それでもどうして好きなんだろう。悔しいんだろう。

「……」

 黙り込んだイツカは背中を丸めて部屋を出て行き、玄関ドアが開く音が聞こえた。

 私は大馬鹿だ。何度も裏切られているのに……まだ期待してた。

 ベットに伏せって大声で泣いた。分かっているはずなのに。

「大丈夫ですか?」

 そっと背中を撫でられて優しい声が聞こえた。

 ナツキは顔を上げてその胸に縋りつく。ぎゅっと抱き寄せられ頭を撫でられながらまた泣いた。小さな頃、両親にしてもらったように優しく撫でる手。暖かく広い背中を両手でぎゅっと握った。

 ふと名前を呼ばれた気がしてナツキは顔を上げる。優しい眼差しがそこにあった。レイモンドの指がナツキの顎をすくって顔が近づき、唇が優しく触れる。

「私ならこんな風には泣かせない。誠心誠意を尽くし、あなたに安らぎを与えることが出来る……のに……私はミズナギ様を愛している」

 言葉とは裏腹に優しい瞳が揺れている。

「聞いてください。本当はあなたが愛する人ならば、誰を選んでも良いのです。繋がっているミズナギ様の力で私たちは万全な状態で狩りができるでしょう。しかし……」

 レイモンドの指がナツキの唇に触れた。

「あなたが誰かを愛し愛される時、ミズナギ様はそれを共感する。……それがとても嫌なのです。こんな風に思うのはあなたには悪いと思っている、しかし我慢ならないのです」

 ナツキを思っている言葉ではない、なのに触れる指が、瞳が優しい。

「あの方に喜びを与えるのは私でありたい。私だけであるべきだと」

 暖かな火が胸に灯る。これは繋がっているミズナギの気持ちだろうか。それとも自分自身の……。けれど泣きたいくらいに苦しくてレイモンドの頬に触れた。

「……いいなあ。ミズナギ様は……」

「……?」

「だって、こんなに大切に……こんなに愛されてる。羨ましい」

 その言葉にレイモンドは眉を下げるとナツキの瞳の奥を覗き込んだ。

 止まらない気持ちにナツキはそっとレイモンドのシャツを握る。

「……ミズナギ様、お許しを」

 何を言っているのかと思ったが、ナツキの口が勝手に開いた。「許す」自分の口から出たのはミズナギの声だ。これが繋がっている。

 戸惑うナツキを前に、レイモンドは呪いを唱えながらナツキの耳、唇に触れる。柔らかな風が吹きぬけたようにナツキの髪がさらりと揺れた。

「え?何?」

 レイモンドの指がナツキの頬に触れる。

「先ほど羨ましいと言いましたか?……では本心を言いましょう。あなたをイツカに渡すのは心苦しい」

「え?あ!」

 ミズナギと繋がっていると思い出して目の前の口を両手で塞ぐ。けれどそれは不要と大きな手がナツキの手を掴み、彼の顔が変わった。今までに見たことのない男の顔だ。

「聞こえません。あなたの声も耳もあなただけのもの」

 唇が重なって、ゆっくりとベットにもたれこむ。ずしりと心地よい重さにナツキはレイモンドに触れた。

「……ミズナギ様には……聞こえない……の?」

「聞こえない」

 耳元で囁く声に吐息が漏れる。ぼろぼろ零れるナツキの涙に口付けを落としてレイモンドが微笑む。

 こんな風に優しくしちゃだめだよ。ミズナギ様の代わりなのに……ねえ、レイモンドさん……好きになってしまうよ?こんなの。

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