光のない未来に2
「お前もまだ……安定せん。我の力が弱いのか、それとも……」
なんの力も持たぬ娘の中にいたのだ。確かに、死にかけるほどに弱い魂だったナツキに女のガワを渡したとはいえ……何かに邪魔されているのか。それともどこかミズナギ自身が欠けているのか……。長い封印だった。
浴室の壁にある鏡に姿を映し、ミズナギは首に触れて、ゆっくりと素肌に指を滑らせる。体の反応は一定だ。昔ほどに敏感でないのは男の体であるからか。するりと手を滑らせて足の付け根にたどり着くと指先を遊ばせた。ミズナギは目を閉じるが少ししてそれを止めて、鏡をもう一度見る。快楽が少ない。まだ男の体に慣れていないということだろう。
神は幸福の中にある。平穏とは違い、祝福を分け与えるために花の中で咲かなくてはならない。
ふむと考えて、ミズナギは再度ナツキの上で指を持ち上げた。片手で印を結び、ナツキの胸の上に文字を刻む。
「我の考えが正しければ、お前は間もなく目覚めるだろう。まだ安定には程遠いが愛する者とも会えるようになる。ナツキよ……」
うっすら開いた目をほんの少しパチパチと動かしてナツキは微笑む。
「うむ、それで良い」
また水の中へ沈むナツキを置いて、ミズナギは立ち上がるとベットへ戻る。力を少し使ったせいでぐらりと倒れこむとレイモンドに寄り添い眠りについた。
早朝、大きな雷鳴が響き、どこかの避雷針に落ちたようだった。
レイモンドは目覚めて隣に眠るミズナギの顔を見る。少しだけ頬に赤みは注している。ホッとしてベットを出るとキッチンで水を飲み、TVをつけるとニュースで子供の惨殺死体が見つかったと告げていた。顔を洗い、鏡を見つめながら髪を撫で付ける。
狩が始まる。リビングではすでに準備を済ませていたミズナギがソファに座っていた。
「おはようございます。お加減はいかがですか?」
「ああ、大事無い。行かねばならんな」
「そのようです」
「子供が死ぬのは悲しいことじゃ……」
すっと立ち上がりミズナギはレイモンドの肩に頬を寄せる。
「阿呆じゃ」
二人はマンションを出て、事件現場へと向かう。雨は強く降り、酷く雷鳴が響いている。遠くの空には幾つもの光の竜が走り続けていた。
現場は規制テープが雨に濡れていた。すでに無人となった場所を一瞥して二人は歩き出す。傾斜した道路の中央、少し低くなった所で雨が溜まり渦を巻いている。レイモンドは膝まで浸かる水に視線を下ろした。
「神のご加護でしょうか」
傘を持つ手にパチンパチンと光の柱が現れては消える。
「そうかも知れん。我らには好都合よ」
ミズナギは傘を折りたたむと傍の壁に立てかけた。ゆっくりと両手を動かしてぶつぶつと何かを唱えて力を練る。指先から出た丸い水玉は薄く透明に光り、ふうと息を吹いてそれを飛ばした。ミズナギの指先から飛び出したそれは小さな獣の姿になり、雨の中を縫うように走っていく。
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