神と僕1
綺麗に片付けられたキッチンでグラスを取り、水を入れるとぐっと飲み干す。レイモンドは長く息を吐いた。どうしてだかイツカとの問答は気が滅入ってしまう。
「あの男は?」声と共にドアが開き、レイモンドは振り返る。少し青白い顔のミズナギが立っている。すらりと伸びた足は細く、大きめのシャツは彼を華奢に見せていた。
「帰らせました……このままでは死んでしまいますので」
ふむ、とソファに座り、ぐったりと体を預けるとミズナギは手を伸ばした。
「水を」
「すぐに」とグラスに用意し手渡すと、それを飲み干しほんの少しミズナギの顔に赤みが差した。それでも青白いには変わりは無い。
「……やはり……完全には程遠いですね」
グラスを受け取ってレイモンドはミズナギの手に触れる。
「仕方ない。女の体でない以上は完全には戻せん。お前と契ったところで、元に戻すのは我の力であるからな」
「申し訳ありません……私が女であるならばミズナギ様は完全に復活なされたのに」
レイモンドが肩を落とすとミズナギは声を上げて笑った。
「お前のような大女を抱くのは嫌じゃ。それに我の方が美しかろうに……お前も悪くはないだろうが、我のほうがよかろうよ?」
悪戯な微笑みにレイモンドは頷く。昔からミズナギは冗談が好きなのだ。
「それと、レイ。何故あの者を呼んだのだ?ナツキのせいというわけではなかろう」
全て理解しているとミズナギの薄い色の瞳が三日月に細まる。
「……ナツキ様が喧嘩をしたと言っていたのです」
「喧嘩?」
「はい。仲直りをしたいとも話しておりました」
「ふむ。それでお前が手助けをしたと?」
レイモンドは床に跪くとミズナギの顔を見上げた。
「……いいえ。ナツキ様は最後まで自分でと仰っていて。メッセージを送った後、大変不安そうにしていました」
「そうか」
ミズナギの手がレイモンドの頬に触れて唇が近づいた。ほんの少し触れるだけでもその場所から水の力が体中を駆け巡り力に変わっていくのがわかる。
「無理をしてはいけません」
「そうじゃな」そう言ってレイモンドの首に腕を巻きつけた。
「ベットまで連れて行け。お前も少し隣で休むといい」
「しかし……」
「これ以上、力は使わんよ。我も疲れた。少し眠るとする」
「はい」
両手でミズナギを抱え上げる。体重もさほど戻ってはいない。見かけよりも軽い体を大切に運びレイモンドは腕の中の宝石を見た。美しい顔、柔らかな白銀の絹の髪、ほどよく筋肉のついた体、性格こそ歪だが誰もが恋焦がれる存在である。
ミズナギ。水の神の子。神の国で女神が流した涙から産まれた。
遠い過去より永遠とも呼べる長い時間の中に神は存在する。調和された自然に溶け込むように生まれ続け、それぞれの生き物とともに愛と慈しみを体現していく。
そして戯れに作られた人が地上に放たれた時、神もまた神となった。
レイモンドは農村で生まれた貧弱な子供であった。口減らしのために棄てられて、烏に啄ばまれるその瞬間に拾われた。拾ったのは土の神で、丁度ミズナギの遊び相手に良いと魂だけを抜かれて水の神の元へ。
水の神は喜び、男の体を作り名をレイモンドとした。異国情緒ある面立ちは土の神が魂のいた場所を告げたからだ。たくましい肉体に神に近い力、使徒となるよう意志を与えられた。幸福に感謝する日々を暮らし、ある日ミズナギの元へ連れられた。
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