恋人たちの終幕3

 少し離れた場所に座ってはいるが、明らかに会った時よりも若く見えた。何より口元の皺が減っている気がしてならない。

 「私の名はレイモンドです。確かに……若返ってはいるでしょうね……数年くらいでしょうが」

「……なんで?あ、あの綺麗な人を抱いて精気を養ってる……みたいな?」

 渇いた笑いと冗談のつもりが、彼の頷きに全て壊される。

「ええ、その通り」

 レイモンドはソファにもたれかかると足を組んだ。

「あなたがご存知かわかりかねますが、力というのは陰と陽、光と影。交じり合い修復し、お互いに力の交換をします。ミズナギ様は陰、私は陽」

「……それってあの黒と白の丸いマークみたいな?」

「はい」

「けど……ああいうのって男と女って奴じゃないの?あの人、男だよね?」

 イツカの問いにレイモンドは視線を落とした。黙ったままで息を吐くと前方を強く睨みつける。それに耐えられずイツカはお茶を濁す。

「……余計なこと……でした」

「いいえ……問題ありません。けれどあなたはどうしても口にしてしまう癖があるようですね?ナツキ様と喧嘩をしていたと聞きました」

「え?……ああ。まあ」

 うざいな、ナツキの奴、そんな話してんのか……イツカの舌打ちにレイモンドは笑う。

「お互いのことは話し合いをしたり、触れ合い慈しむことで解り合うものです」

 まるで当たり前かのように言われ、イツカは苛立って睨みつけた。

「何聞いたか知らんけど、あんたには関係ないことだ!」

「そうですね。失礼いたしました。今後のことについて少しお話してもよろしいでしょうか?」

「ああ」

「執行者の残りは六名。私たちはまだ狩りを行ないます。その間、ミズナギ様と私の力でナツキ様をお守りしますが、万が一に備えてあなたにはナツキ様の傍に。結界は張られています」

「ああ……俺は武器とか持ってなくていいわけ?」

「いいえ、その必要はありません」

「は?じゃあ、余計に……」

 イツカの言葉を手で遮ってレイモンドは続けた。

「今、ナツキ様は水に浸かっています。あの中にいれば執行者には見えません。それが私の力によるものです」

 制止された手を払ってイツカは怒鳴りつける。

「待てよ!色々おかしいだろ!ナツキは見えない?じゃあ俺は?守ってる俺はどうなんだよ!」

「私たちは必ず狩りを成功させます。しかし執行者の自由も尊重しなければなりません、執行者が一人殺した時点で私たちの狩りは始まります」

 イツカの目がかっと見開いた。怒りに唇が震えている。

「じゃあ!じゃあ!俺は死ねって言う事かよ!」

 レイモンドの胸に掴みかかりソファに押し付けた。

「……その通りです。それでもあなたの自由も尊重されます。あなたは自分自身で何もかも決めることが可能です。全て忘れて此処を去ることも、そして普段と同じように生きることも出来るのです。ナツキ様はあなたにと仰っていましたが、眠りについている彼女の御守をわざわざする必要はありません」

 なんでこんな風に言われなくちゃいけないんだ。冷たく言い放たれてイツカは唇を噛む。

「なら帰る!」

 売り言葉ではなかったが喧嘩腰になって吐き捨てて席を立つ。レイモンドはイツカを見上げていたが、怒る様子もなかった。ただ静かな目で見つめているだけで。

 なんでだよ!なんなんだよ!苛立ちが体中をめぐって握り締めた拳が震えていた。

 ドアを開けた時、後ろからレイモンドの優しい声が響いた。

「気をつけてお帰りください」

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