恋人たちの終幕2

 別れ話ってこんな感じだっけ?

 すんなり出た言葉にイツカ自身も驚いたが、それ以上にナツキの眼は大きく開かれて、揺れていた。見るからに動揺し、うっすら涙に滲んでいく。

 そういや女はこんな顔をするよな……。

 「そうじゃないかな……って思ってた……今日もさっきまで寝てたんだよね?」

 ナツキは指を祈るように組んでテーブルの上に置く。緊張からか声も震えている。

「……それは悪かったって……仕事で疲れてて」

「知ってるよ!そんなの分かってる!だから!いつも怒らないようにしてたんじゃん!」

 ヒートアップしていく声に周りの席から視線が注がれる。

「おい、ちょっと抑えろって……」

「抑えろ?どういう意味で言ってる?別れ話なんでしょ?」

 ナツキの拳が強くテーブルを叩く。大粒の涙がぼろぼろ零れて、その時ふいにそんな顔初めて見た気がした。

 俺なんで……泣かしてんだよ。

「そういう意味じゃ……」

 イツカは両手を出して言い繕う。けれど口が空回るだけで虚しいだけだった。

「もういい!今だってうざいって思ってるんだよね?」

「はあ?思ってねえし」

 見透かされた気がして声を荒げてしまう。ナツキは大きく深呼吸して、そして笑った。

「……ねえ、もういいよ。いつもつまんないから遅れてくるんだろうって思ってたし。他の子にすればいいよ」

 立ち上がり鞄を持つと、傍に置いてあった伝票をひったくって行ってしまった。

 空気を読んだのかしんと静まりかえった店内に陽気な音楽が流れている。ナツキが立ち去った後もちらちら視線は注がれていたが、時間が経つにつれ、それもなくなり平穏へと戻っていく。テーブルの上にはナツキが用意していた映画のチケットが二枚、悲しく置かれていた。



 そうだ、別れ話してたんだよな……。主に俺のせいで。

 視界に広がるのはナツキの部屋だ。彼女からのメッセージで今ここにいて、訳の分からない状況に立たされている。いつの間にか眠っていたようだった。

「嫌な……夢だ」

 イツカは髪をくしゃくしゃとかき混ぜると体を起こした。照明が少し落とされているのは、多分この家にいるあの男の仕業だろう。ぐんと体を伸ばして首を回すとリビングのドアが開く。レイモンドだ。少し乱れたシャツに片手で髪を撫で付けている。彼はキッチンでグラスに水を入れるとゆっくりと飲み干した。

 レイモンド、見るからに東洋人ではない。百九十センチほどある上背にがっしりとした筋肉質な体。年齢は三、四十代くらいだろうか。それに・・・あの顔。

 イツカがじっと見ているとレイモンドはグラスを持って目の前に現れた。すっと差し出されてそれを受け取る。

「どうも……」

「いいえ」

 レイモンドは奥のソファに腰かけると、ふうと息を吐く。

「何か、まだお聞きになりたい事でもありますか?」

「え?……ああ。そりゃあ……いっぱいあるけど」

 言葉を濁してぐっと歯を食いしばる。なんか、むかつくんだよな。そう思って見たレイモンドの顔が微笑む。

「……全ては理解しがたい。あなたの苦悩は分かります」

「あのさ……」

 手に持っていた水を飲み干してグラスをテーブルに置いた。

「さっきから気になってた……あんたさ。若返ってない?」

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