かくれんぼ3

 その一言にミズナギの冷たい視線がイツカに刺さる。

「我に欲情するな」

 一喝してソファにもたれて顎を上げる。苛立ちに口を開きイツカの顔が紅潮する。罵声を浴びせる前にレイモンドに制止された。

「こちらへ」

 拳を握りイツカはミズナギを睨みつけるとレイモンドに従って浴室へ向かった。

 バスタブには水が張られており、ナツキが沈んでいる。レイモンドが声をかけるとナツキはゆっくりと浮かび上がり水面に顔を出した。

 イツカは駆け寄り心配そうに手を伸ばしたが、レイモンドはそれを止めた。

「まだ安定していません。触らないようにしてください」

「安定?何したんだよ!」

「言うなれば分離です。ミズナギ様の宿主であったナツキ様は、ミズナギ様の力によりとても高い状態で保護されていました。が、分離してしまったため、彼女の力は大変微弱になっている。ミズナギ様が少しお力を貸してくださいましたが……安定するまではこのままが良いでしょう」

 説明を聞いてイツカは頭を掻く。

「……意味わかんねえ」

「そういうものです。こちらへ……一から順に説明をいたしましょう」

 リビングに戻り、レイモンドから全てを説明されたが殆どついていけず、イツカはずっと眉をしかめている。

「お分かりいただけましたか?」

 レイモンドはミズナギの傍に立ったままで、礼儀正しくそう言った。

「分かるも何も、分かんねえよ……ただ、ナツキが大変なのは分かったけど、それで……そのゲームってのは何時終わんだよ?」

「さて……どうでしょう」

「……なんだよ、それ」

 うんざりした顔で長い溜息をつき、イツカは後ろに両手をつくと、苛立って舌打ちをした。

「雨だってあんたらのせいなんだろ?鬼だっけ?全部あんたらがやらかしてることじゃねえか。巻き込むなよ、俺達を」

 ソファに座っていたミズナギが口を開く。

「……鬼もまた人であった。業が深く慈しみすら持てぬ者たちよ。煉獄に焼かれても何も変わらぬ哀れな魂……それがおにだ」

 低く柔らかい声にイツカは息を飲む。

「鬼のゲームは人の業の果てに作られたもの。神はせめてと人の自由を侵さぬように動いておる……」

 ソファの後ろに立っていたレイモンドは、ミズナギの顔を覗きこむ。

「ミズナギ様、そのあたりで」

 そうか、と青白い顔でゆっくりと目を閉じ、抱き上げたレイモンドにもたれかかる。あまりに自然でイツカはただ見惚れていた。

「失礼します。あなたはそこで寛いでいて下さい」

「ああ、はい」

 二人が寝室に消えて、好奇心からイツカは立ち上がった。足音を忍ばせて少しだけ開いたドアの隙間から中を覗く。ベットサイドの小さな灯りだけがほんのりと二人を照らしている。

 レイモンドがミズナギの服を剥いで覆いかぶさった時、イツカはとっさに顔を背けた。震える両手で口を抑える。嫌でも聞こえてくる衣擦れと肌の触れ合う音に耐えられず、リビングへ逃げ込んだ。

「何なんだよ……まじで」

 小さな呟きにイツカは目を閉じる。バスタブに沈んだナツキの姿に不安を覚えながら長い溜息を吐いた。

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