第18話 心の分かれ道

その夜から、ユイナの心は、まるでシーソーのように、大きく揺れ動き始めました。


一方には、海人がいます。 太陽のように明るく、まっすぐで、不器用なくらい優しい人。彼と一緒にいると、心から安心できました。彼がくれる優しさは、いつも飲んでいる月桃茶のように、素朴であたたかく、体の芯からじんわりと温めてくれるものでした。彼こそが、自分の故郷であり、帰る場所なのだと、頭ではわかっているのです。


もう一方には、アラリックがいました。 月のようにミステリアスで、影があり、そして、抗いがたい魅力を持つ人。彼と一緒にいると、胸がどきどきして、知らない世界へと連れて行ってくれるような、スリリングなときめきを感じました。彼のくれる沈黙や、ふとした瞬間に見せる優しい眼差しは、生まれて初めて味わう、甘くて、少しだけ危険な香りのする、外国のチョコレートのようでした。 アラリックの、あの深い哀しみを湛えた瞳を見ていると、ユイナは思うのです。

(この人を、笑顔にしてあげられるのは、世界で、私だけなのかもしれない)

それは、使命感のようでもあり、そして、淡い恋心の、芽生えでもありました。


海人の心配そうな視線を感じるたびに、胸がちくりと痛みます。

(ごめんなさい。あなたを不安にさせたいわけじゃないの。あなたを傷つけたいわけでも、まったくないの。 でも、アラリックさんが、ふとした瞬間に見せる、ガラス細工のような儚い表情を見ると、どうしても、放っておけなくなってしまう。)

ユイナは、自分の心の中に、今までなかった、新しい感情が生まれていることに、戸惑っていました。

一つの心の中に、太陽と月が同時に昇っているような、不思議で、そして少しだけ苦しい感覚。


ユイナは、カフェの片づけを終えると、一人、星の貝殻が光る窓辺に座り、風さんに、そっと話しかけました。



(風さん。私、どうしたらいいんでしょう……)

すると、風さんは、いつものように、ユイナの髪を優しく撫でて、心の中に、静かに語りかけてくれました。

『ユイナ。今は、あなたの心の声を、静かによくお聞きなさい。太陽の暖かさも、月の光の美しさも、どちらも、あなたにとって、本物なのでしょうから』

風さんは決して、どちらが正しいとは教えてくれません。ただ、ユイナが、自分の心と向き合うのを、静かに見守ってくれていました。


「カフェ南十字星」には、今、三つの心が静かに、そして複雑に揺れ動いています。

一人は、故郷を失い、心を閉ざしたまま、初めて見つけた光に、戸惑いながら手を伸ばす、物言わぬ元王子。

一人は、大切な人を守るため、焦りと嫉妬の炎に心を焼かれる島の青年。

そして、一人は、二つの全く違う魅力の間で、自分の本当の気持ちがわからなくなってしまった一人の少女。 星の貝殻が放つ、ミステリアスな光の中で、ユイナの、甘くて、そして少しだけほろ苦い乙女心の冒険が、静かに始まろうとしていました。



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