第16話 不安な心と、物言わぬ客人

アラリックが目覚めてから数日後、海人も、ようやく意識を取り戻しました。


「……ユイナ……?」

海人が、かすれた声でユイナの名前を呼んだ時、ユイナは、心の底から安堵し、泣きながらその手を握りしめました。

「よかった……! 本当に、よかった……!」

海人は、まだぼんやりとした頭で、自分が島のカフェに戻っていること、そして、ユイナが無事であることを確認すると、安心したように、再び深い眠りに落ちていきました。


しかし、海人の意識がはっきりしてくるにつれて、カフェの中には、新たな緊張が走り始めました。 海人は、当然のことながら、アラリックのことをあからさまに警戒していました。それは、ユイナを命がけで守ってきた、彼の当然の反応でした。


「おい、あんた。一体、何者なんだ。なんで、ユイナと一緒にここにいる」

まだ起き上がることもままならない体で、海人はアラリックに問いかけます。


しかし、アラリックは、その挑戦的な視線を、まるで柳に風と受け流し、ただ静かに、ほんの少しだけ口の端を上げて微笑むだけでした。その態度は、海人の言葉がまるで自分には関係のないことのように聞こえているかのようで、余計に海人を苛立たせます。

彼は、海人の問いには一切答えず、その視線をいつもユイナにだけ向けるのです。


「ユイナ」

アラリックが、静かに名前を呼びます。

「そのハーブは、何という名前だ?」

「え? あ、これはカモミールです。心を落ち着かせる……」

「そうか。君が淹れると、香りが違うな。まるで、月の光を飲んでいるかのようだ」

アラリックは、決して多くの言葉を使いません。でも、そのたった一言が、不思議なほど、ユイナの心の一番柔らかい場所に、すとんと落ちてくるのでした。

彼はユイナが淹れたお茶を、まるで世界で一番尊いものであるかのように、両手で、ゆっくりと味わいます。その優雅な仕草を見ているだけで、ユイナは、なんだか自分がとても特別なことをしているような気持ちになりました。


海人は、そんな二人のやり取りを、ただ黙って、悔しそうに見つめています。 ユイナも、そんな海人の気持ちが、痛いほどわかりました。だから、できるだけ、海人にも話しかけようとします。


「海人さんも、スープ、飲んでね。今日は、お魚をたくさん入れたから」

「……ああ」

でも、海人の返事は、いつも少しだけ不機嫌でした。ユイナは、そんな二人の間のぎこちない空気に、どうしていいかわからず、胸を痛めるばかりでした。


アラリックは、まるでユイナの心を見透かしているかのようです。 彼女が海人のことで心を痛めていると、彼はそっと話題を変えてくれました。


「ユイナ。浜辺の、あの二人の子供は、元気でいるか」

「え……陽太と、美海のことですか?」

ユイナは、びっくりして聞き返しました。そんな話、いつしたかしら、と。

「ああ。君が、星の砂で、二人の心を繋いであげたという」

「……どうして、それを……」

「君が眠っている間に、時々口にしていた」

アラリックは、そう言って、静かに目を伏せました。 ユイナは、自分の寝言を聞かれていたのかと、顔を真っ赤にしました。でもそれと同時に、この人は、私が眠っている間でさえ、私のことを見ていてくれたのだと、その事実に、胸がどきりとするのを、止められませんでした。 彼の存在は、日に日に、ユイナの中で不思議な重みを増していくのでした。

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