第12話
初仕事の報酬と傲慢なる貴族
ダフールの村での盛大な宴を終えた翌朝、純とリーザは再びトラックを走らせ、目的地の街ヴェリディアへと向かっていた。グリフィン討伐という予想外の寄り道はあったものの、彼らは無事に街のコルド商会支店へと到着した。
「お待ちしておりました、純様!荷物は確かに受け取りました!」
支店長が出迎え、深々と頭を下げる。純は慣れた手つきで納品書にサインをすると、商売人らしい笑顔を返した。
「いえいえ、どうも。今後ともご贔屓に」
無事に初仕事を終えた純とリーザは、その足で近くの酒場を訪れた。少し奮発して、肉の煮込みと焼きたてのパン、そしてエールを注文する。
「お疲れ様です、リーザさん」
「純様こそ。しかし、改めて純様のお力の凄さを実感いたしました。グリフィンすら一撃とは…」
「あれはトラックのおかげですよ」
和やかに食事と会話を楽しんでいた、その時だった。
ガラの悪そうな護衛を二人連れた、派手な装いの若い男が、見せつけるように席を蹴立てながら二人のテーブルへとやってきた。その目は、獲物を見定めるように純を捉えている。
「ふん…貴様が、近頃噂の『鋼鉄の獣を操る勇者』とかいう輩か。ずいぶんとみすぼらしい格好をしているではないか」
男――地方貴族のダーナ卿は、扇子で口元を隠し、侮蔑の視線を純に注ぐ。
「へ?俺のことすか?」
純が、煮込みを口に運びながらきょとんと首を傾げる。ダーナはその態度が気に食わないのか、扇子をピシャリと閉じた。
「面白い。その『鋼鉄の獣』とやら、少しは慰み者になるやもしれんな。良いだろう、私が貴様を飼ってやる。さあ、全てを捨てて私に傅(かしず)くのだ。光栄に思うが良い」
あまりにも傲慢で、一方的な言葉。純が「この人、何言ってんだ?」と困惑するより早く、隣から氷のように冷たい空気が立ち上った。
「純様。ここは、私にお任せください」
今まで穏やかに食事をしていたリーザの瞳から、一切の感情が消え失せていた。
「リーザさん?」
「ダーナ卿、でしたかな。ご覧の通り、私達は食事中です。そして純様は、貴方の所有物ではございません。お引き取りを」
リー-ザの静かだが有無を言わせぬ物言いに、ダーナの顔が怒りで歪む。
「なっ…!平民の分際で、この私に…誰に向かって口を聞いているのか分かっているのか!?」
ダーナが怒鳴り声を上げた瞬間だった。
シュッ――。
空気を切り裂く、鋭い音。
次の瞬間、リーザの長剣の切っ先が、ダーナの喉元、皮膚一枚のところでピタリと止められていた。いつ抜いたのか、誰にも見えなかったほどの神速の抜刀術。
「…っ!?」
ダーナも、彼の護衛たちも、あまりの出来事に金縛りにあったように動けない。
「このまま静かにお引きになるか。それとも、私の剣の錆となるか。ダーナ卿、よくお考えください」
リーザの声は、絶対零度の静けさを保っていた。死の匂いを間近に感じたダーナの顔は真っ青になり、その足は恐怖に震えている。
「お、おのれ…!き、汚い平民どもめ…!覚えているが良い!」
命の危機を悟ったダーナは、それだけを絞り出すと、護衛と共に蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。
リー-ザは、その背中を冷たく見送ると、何事もなかったかのように剣を鞘に収め、再び席に着いた。
酒場が静まり返る中、純は感心したように呟く。
「リーザさん、強いんすね。助かりました」
「…純様をお守りするのが、私の仕事ですので」
少しだけ頬を赤らめ、リーザは再びパンを手に取った。
純は気づいていない。リーザがただの強い冒険者ではなく、帝国最高の騎士団長であったこと。そして、今しがた追い払った小物が、やがて大きな厄介ごとを運んでくるであろうことを。
二人の初仕事は、こうして新たな波乱の予兆を孕みながら、幕を閉じたのだった。
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