金魚は人知れず
白川津 中々
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綺麗だから観に行こうと連れられてやってきたのは金魚を使ったアート作品の展示会だった。
暗い部屋にネオンが灯った数々の水槽。その中を、金魚が泳いでいる。活発な個体もいるが静かに、慎重に身を沈めて、じっと人間を見ているような用心深い奴もいた。
しかし鑑賞している人間は一匹一匹に注意など払わず、画角や見栄えばかりを意識して全体像を写真に収めていた。水槽の中にいる金魚が命であると、確かにそこで生きていると考えもしていないかのように、煌々と輝く"アート作品"にレンズを向けているのだ。
そうだ、皆、この一角を、煌びやかな画を残したいから展示に来ているのだ。芸術と銘打たれた命の集合体をぼんやりとした意識の中で、美しいというただ一点のみを求めて群がり記録に残さんと躍起になっている。来館している大半が展示背景へ想い馳せる事なくシャッターを切っているのだ。
その行為に美醜の価値を付けるには自らが清廉潔白で在らねばならない故に、私自身が審美官の役を担うには能わず、集まる衆人の一人として創作された金魚と作品を眺めるだけに留まる。痛ましいような、やるせないような、それでいて諦めのような、他人事のような心境の中で、他者と同じく、そこに存在する美と雅を感じていた。なるほど、綺麗事や善悪が内包されたコンセプトだとしたらこれほどエゴイスティックな作品もないだろう。そしてもしこの推察が正しければ、表現者は金魚の代わりに人をあの水槽の中に浮かべていたに違いなかった。果たして、私は、私達は、それを美として観れるのか。いやきっと、そう魅せられてしまうのだ。それだけ、この金魚を使った作品は……
「綺麗だね」
隣にいる友人の呟きに、私は「うん」と頷いた。金魚は人知れず、絢爛とした装飾の中を泳ぐ。
金魚は人知れず 白川津 中々 @taka1212384
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