第5話 好きになる確率 ― 揺れる心の28%

朝の8時15分。教室には、少しずつクラスメイトたちが揃い始めていた。


「昨日のプリント、回収しまーす」


その声を聞いた瞬間、結月は顔をこわばらせた。

——しまった。

英単語を7回ずつ書く、あの意味のあるのかないのかよく分からない宿題を、家に忘れてきたのだ。

ちゃんとやったはず。けれど、たぶん机の上に置いたまま、ファイルごと置いてきてしまった。


そのときだった。


「これ、やるよ。名前書いて」


隣の席から、藤崎がプリントを差し出してきた。

すでに書き終わっていて、名前の欄には消しゴムで消した跡が残っている。


「え……?」

「いいから、早く」


促されるままに、結月は藤崎のプリントに自分の名前を書いた。


数分後、プリントを回収した担任が言った。


「藤崎、忘れたの?明日、14回書いてこような。次から気をつけて」


「はい、すみません」


藤崎はそれだけ言い、静かにプリントを受け取った。


——なんで、こんなことしてくれるんだろう。


聞きたかった。でも、言葉にはできなかった。


昼休み。

茜といつものように、お弁当を広げる。


ふと、茜が言った。


「藤崎くんってさ、意外と優しいよね」

「見た目よりずっと気遣いできる人だと思う」


その言葉を聞いた瞬間、結月の胸に、もやもやとしたものが広がった。


「そうかもね」


そう言って軽く笑いながら、気持ちの正体がつかめずにいた。

「そういえばさー」と茜がすぐ話題を変えたので、何事もなかったようにウィンナーを口に運ぶ。


けれど、その時だった。

ふと、茜の頭上に目が留まる。


【選択肢:藤崎に好意を抱く / なんとも思わない】

→ 好意を抱く:28%

→ なんとも思わない:72%


(え……? 28パーセント?)


心が少しざわついた。


放課後。靴箱で再び、藤崎とすれ違う。


その背後で、別のクラスの女子たちが話しているのが聞こえた。


「ちょっと怖いけど……イケメンだよね」

「むしろそのミステリアスさが、なんか良くない?」


彼女たちの会話に、思わずそっと視線を向ける。


【選択肢:藤崎を意識する / 興味を持たない】

→ 意識する:61%、持たない:39%

→ 意識する:47%、持たない:53%


見なければよかった。そう思った。

でも、どうして私は——「見たくない」と思ったんだろう。


その理由が、自分でも分からなかった。


翌朝。教室に入ると、茜が「おはよ」と声をかけてくれた。

それに返事をしながらも、つい彼女の頭上が気になってしまう。


【選択肢:藤崎に好意を抱く / なんとも思わない】

→ 好意を抱く:28%

→ なんとも思わない:72%


昨日と変わらない数値。

なぜか、それにほっとしている自分がいた。


そのとき、不意に茜が言った。


「結月って、最近なんか藤崎くんのこと、気にしてるよね?」


ドキッとした。


「そんなことないよ」

「気のせいだって」


無理に笑いながら、頭の中でも繰り返した。

——そんなことない。全然気にしてない。

数字が見えないから、気になってるだけ。ただ、不思議に思ってるだけ。


その日は、藤崎と言葉を交わすことはなかった。

ただ、時々ふと目が彼のほうへ向かう。

けれど、目が合いそうになると、すぐに逸らしてしまう。


夕方、帰り支度をしていたときだった。


「……人の“好き”って、見えたら楽か?」


声がして振り返ると、藤崎がすぐ近くに立っていた。


一瞬、息が止まった。


なぜこの人は、そんなことまで知っているんだろう。


答えられずにいると、藤崎は黙って結月の顔を見つめたまま、待っていた。


結月は、ようやくの思いで口を開く。


「……見えるけど、それで苦しくなることのほうが多いよ」


すると、藤崎はほんの少しだけ笑った。


「だったら、それは“本物”じゃないのかもな」


その言葉の意味が分からず、結月は何も返せなかった。


藤崎はそれ以上何も言わず、教室を出ていった。


その声だけが、頭の中でずっと響いていた。


そして結月は、胸の奥にぽつりと浮かぶ数式を、

見ようともしないまま、鞄を肩にかけた。


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