第10話

「かき氷って溶けて水になる時切なくない?」


そう言った瞬間、口の中に残っていた冷たさが、じんわりと喉の奥に流れていった。


さっきまで宝石みたいに輝いていた氷が、ただの水になっていくのを見てると、


なんだか胸の奥がきゅっとなる。


あのふわふわで、きらきらしてて、


口に入れた瞬間、世界が一瞬だけ変わるような気がした氷が、


何も言わずに、何も残さずに、ただの水になっていく。


それが、どうしようもなく切なくて。


一瞬だけ特別で、一瞬だけ鮮やかで、

でも、すぐに消えてしまう。


そんな儚さが、かき氷にはある気がする。


そして、それはきっと、

楽しかった時間や、誰かとの関係にも似ている。


「そうか?」


みっちゃんの返事は、いつも通り淡々としていた。


その一言に、私は少しだけ肩の力が抜けたような気がした。


否定でも肯定でもない。


ただ私の言葉を受け止めて、そのまま返してくるみっちゃんの声。


みっちゃんにとっては、ただの氷。

ただの夏の食べ物。


でも、私には違って見える。


私は器の中のかき氷を見つめた。


さっきまでふわふわだった氷が、じわじわと溶けて、底に水が溜まり始めている。


その様子が、まるで時間の流れみたいに思えた。


冷たさが消えていくのが、惜しくて。

でも、それも夏らしくて。


なんとも言えない気持ちになった。


「跡形も消えてなくなる訳じゃなくて、そこにあるはずなのに、見た目がまるで別物になって。そこにあった時間まで消えたみたい」


みっちゃんは、黙って器を見ていた。


その視線が、私の言葉に触れているようで、私は少しだけ息を止めた。


「見た目が変わっても、そこにあるものは変わらないだろ?」


みっちゃんの声は、いつも通り静かだったけど、その中に確かなものがあった。


変わってしまったように見えても、本質は変わらない。


それは、彼の考え方であり、彼自身の在り方でもある気がした。


「本質的なものは変わらないってこと?…深いね」


見た目が変わっても、そこにあるものは変わらない。


それって、物だけじゃなくて、

人にも、関係にも、思い出にも言える気がする。


私たちだってそう。


昔と比べて、見た目も、話すことも、過ごす時間も変わったけど、


根っこの部分は、きっと変わってない。


みっちゃんが隣にいて、それを心地よく感じてること。


それは、ずっと変わらない気がする。


「こんな話をしてる間にも、溶けてるんだけどな」


みっちゃんがそう言ったとき、私は器の中を見た。


確かに、話してる間にも時間は流れていて、かき氷は静かに姿を変えていた。


「あ、急いで食べなきゃ」


そう言いながら、スプーンを慌てて器に差し込む。


底の方では、氷がすっかり溶けて、いちごシロップが淡く広がっていた。


さっきまでふわふわだったかき氷が、もうすぐ“ただの水”になってしまう。


それが惜しくて、でも、みっちゃんの言葉が頭の中で静かに響いていた。


溶けても、なくなったわけじゃない。

ちゃんと、ここにある。


ただ、形が変わっただけ。


それは時間も、記憶も、きっと同じ。


スプーンですくった最後のひと口を口に運ぶ。


冷たさはもうほとんどなくて、甘さだけが残っていた。


でも、それがなんだか優しくて、胸の奥に静かに染み込んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る