時と音を紡ぐ庭師さん、僕のベランダに咲きました ~疲れきった心の土に、不思議な植物の癒しを処方します~【ボイスドラマ】【G’sこえけん】

☆ほしい

第1話

(SE:部屋のドアが開き、閉まる音。革靴のまま、力なく数歩歩く音。床にビジネスバッグが置かれる、少し重い音)


(SE:PCのファンの低い唸り。遠くで鳴り響く救急車のサイレン。冷蔵庫のモーター音。静かだが、無機質な生活音に満ちている)


……ふぅ……。

(ため息。衣擦れの音。ベランダに続く窓を開ける、ガラガラという音)


(SE:窓の外の喧騒が少しだけ大きく聞こえる。車の走行音、雑踏のざわめき)


……はぁ……。

また、今日が終わるのか……。

明日も、同じなのかな……。


(SE:ベランダの床をスリッパで歩く音。手すりに軽く手をつく音)


……ん?


(SE:微かな、しかし澄んだ鈴のような音。チリン……)


なんだ……? この音……。

風鈴なんて、吊るしてないのに……。


(SE:チリ、チリリ……。音が近づいてくる。それは、部屋の隅に置きっぱなしになっていた、古びた植木鉢から聞こえてくる)


この鉢……いつからあったっけ……。

ああ……そういえば、骨董市で、変な種を……。

まさか……。


(SE:ポッ……と、柔らかく空気が弾けるような音。続いて、幾重にも重なった花弁が、さらさらと解けるように開いていく音。魔法のような、幻想的な響き)


うわっ……!?

ひ、光って……花が、咲いた……?


(SE:花の開く音が止み、代わりに柔らかな衣擦れの音がする。さわさわ……)


「……見つけました」


え……?


(声は、花の咲いた場所から聞こえる。穏やかで、少し古風な響きを持つ、女性の声)


「ようやく、芽吹くことができました。……随分と、乾いてしまったのですね。あなたの、心の庭は」


だ、誰……? なんで、うちのベラン-……。


「わたくしは、常盤(ときわ)。『時と音を紡ぐ庭師』にございます。あなたの心の土が、あまりにも痩せ細り、助けを求めていると聞いて……時の流れを少しだけ遡り、参りました」


(SE:彼女がゆっくりと立ち上がる。衣が優雅に擦れる音。さわ、……)


庭師……? 心の……?


「はい。人の心とは、一つの庭のようなもの。手入れを怠れば荒れ果て、丹精を込めれば、それは美しい花を咲かせます。……あなたの庭からは、もう長いこと、音が聞こえてきませんでした。水も、光も足りていない……そんな、悲しい音がしておりました」


(SE:彼女がゆっくりとこちらに歩み寄る。ベランダの床を裸足で踏む、ぺた、ぺた、という微かな音)


(距離が近づく。声が少しだけ生々しくなる)


「……ああ、近くで見ると、より分かります。土は固く、ひび割れて……これでは、新しい芽も吹きますまい。……大丈夫。わたくしが、お手入れさせていただきますから」


いや、でも……。


「お気になさらず。わたくしは、こうして荒れたお庭を見つけては、元の美しい姿に戻すのが仕事なのです。……ふふっ。驚かせてしまったようですね。まずは、信じていただくところから、でしょうか」


(SE:彼女が、ベランダの隅で枯れかけている普通の観葉植物の鉢に近づく。しゃがみ込む衣擦れの音)


「例えば……この子。もう、命の音がほとんど聞こえません。葉は色を失い、力なく垂れ下がっている」


(SE:彼女が懐から小さな布袋を取り出す。さら、という絹の音。中から、何か小さな粒を取り出す音)


「ですが……わたくしの『恵みの種』を、一粒……」


(SE:乾いた土に、小さな種が落ちる、こつん、という音。そして、彼女がその土にそっと指を触れる)


「……芽吹きなさい。そして、この方に、わたくしの仕事をお見せなさい」


(SE:チリリ……という澄んだ音と共に、枯れた植物の根元から、新しい緑の芽が瞬く間に伸びていく。弦が伸び、葉が次々と開く、さらさら、という不思議な音。枯れていた葉がみるみるうちに瑞々しい緑色を取り戻していく)


うそだろ……。枯れてた、はずなのに……。


「ふふ……。これで、少しは信じていただけましたか? あなたの心も、この子のように、すぐに元気になりますよ。さあ、中へ入りましょう。本格的な手入れは、落ち着ける場所が良いでしょうから」


(SE:彼女が立ち上がり、こちらに手を差し伸べる。その指先が、そっとこちらの腕に触れる。ひんやりとして、でも、どこか安心する感触)


「さあ、どうぞ。今宵は、あなたのための夜にございますから」


(SE:スライド式の窓が、ゆっくりと開けられる音。二人は部屋の中へと入っていく)


***


(SE:無機質な生活音は消え、部屋の中は静寂に包まれている。時折、窓の外から遠い街の音が聞こえる程度。フローリングの床を歩く、常盤の静かな足音)


「さあ、こちらへ。どうぞ、楽になさってください。そうですね……そこに、横になっていただけますか?」


(SE:ベッドに腰掛け、やがて横になる音。シーツの擦れる音)


「はい、よろしいです。……少し、お顔の近くに参りますね。失礼いたします」


(SE:常盤がベッドサイドに膝をつく。衣擦れの音。彼女の距離がぐっと近づく。吐息が感じられるほどの距離)


「まず、最初の処方でございます。あなたの心の庭には、固くなった土を、優しくほぐす必要があります。……そのために、この子を使いましょう」


(SE:彼女が袖の中から、絹に包まれた何かを取り出す。さらさら、という上質な布の音。包みが開かれ、中から、細長い植物の葉のようなものが取り出される)


「これは、『月光草(げっこうそう)』。月の光を吸って育ち、心地よい時に、こうして唄をうたうのです」


(SE:彼女が月光草の葉をそっと揺らす。しゃららら……と、乾いているのにどこか潤いのある、金属的でありながらも柔らかな音が、左右の耳の間を移動する)


綺麗、な音……。


(囁き声で、右耳に近づき)

「ええ、とても。この葉は、人の心のささくれを、優しく撫でて、滑らかにしてくれる力があります。……では、右のお耳から……。失礼しますね」


(SE:右耳のすぐそばで、月光草の葉が空気を撫でる、しゃら、しゃら……という音が始まる。非常に繊細で、心地よい摩擦音)


「……どうです? くすぐったいですか? ふふっ……。大丈夫、すぐに慣れますよ。……耳の周りの空気を、この葉でそっと掻き分けるように……。あなたに纏わりついている、淀んだ気を、払っていきますね……。しゃら……しゃらら……」


(SE:葉が耳の輪郭をなぞる。ごくごく微かな、ぞわぞわするような音。葉先が耳たぶに触れる、かさ、という小さな音)


「……次は、少しだけ、耳の中へ……。ほんの入り口だけですよ。……怖がらないで。……そう、上手です」


(SE:右耳の入り口付近で、葉先が優しく触れる。さわさわ、かりかり、という微細な音。心地よい刺激)


「……うん、良い音。少しずつ、あなたの心の庭が、この音を受け入れているのが分かります。……では、今度は反対側を」


(常盤がゆっくりと移動する。衣擦れの音が、右から左へと移っていく)


(囁き声で、左耳に近づき)

「次は、左側を……。こちらも、同じように……。しゃら……しゃらら……」


(SE:左耳のすぐそばで、再び月光草の葉の音が始まる。先程とは少し違う角度、違う響きで聞こえる)


「右と左で、聞こえ方は違いますか? 人の耳は、不思議なものでございますね。……同じ音でも、心の聞き方ひとつで、全く違うものになる。……あなたの心は今、癒しの音を、とても素直に受け止めています」


(SE:左耳の輪郭を、葉が優しくなぞっていく。しゃら……。時折、葉同士が擦れ合って、チリ、と小さな鈴のような音を立てる)


「……ふぅ……。だいぶ、空気の流れが良くなりました。……では、仕上げに、特別な雫を使いましょう」


(SE:彼女が懐から、小さなガラスの小瓶を取り出す。コルクの栓を抜く、ポン、という可愛らしい音)


「これは、月光草が集めた『朝露』。ただの水ではございません。心の土を潤し、清める力がございます。……この葉の上に、一滴だけ……」


(SE:彼女が月光草の葉を一枚、耳の近くに掲げる。そこへ、小瓶から一滴、ぽとり、と粘度の高い液体が落ちる音。葉の上で、ぷるん、と雫が揺れる)


(右耳の近くで)

「……いきますよ」


(SE:葉の上から、雫が耳の近くの肌に落ちる。ピチャン、という小さくも澄んだ音。少しひんやりとした感覚。その雫が、すぐに肌に吸い込まれていくような、じゅわ……という微かな音)


「……ふふ、驚きましたか? すぐに温かくなるでしょう。……次は、左のお耳に」


(SE:再び、雫が葉の上に落ちる音。ぽとり……。そして、左耳の近くに、ピチャン……。じゅわ……)


「はい、おしまいです。……どうでしょうか。少しは、肩の力が抜けましたか? ……あなたの心の庭に、最初の水が撒かれました。……まだ、ほんの少しですが……土が、柔らかく、息をし始めた音がします」


(彼女がそっと月光草を片付ける。しゃらら……という音が遠ざかり、絹の布に包まれる音)


「……少し、このまま、休んでいてくださいな。次の手入れの、準備をしてまいりますから」


(SE:彼女が静かに立ち去る足音。部屋には、穏やかな静寂と、耳に残る優しい音の余韻だけが残る)


***


(SE:しばらくの静寂。やがて、窓の外から、ぽつ、ぽつ、と雨がガラスを叩く音が聞こえ始める。音は次第に強くなり、サーッという本格的な雨音に変わっていく)


「……あら、雨が降ってまいりましたね」


(SE:常盤が部屋に戻ってくる足音。先程よりも少しだけ急いでいるような、軽やかな音)


「ちょうどよかった。雨の音は、心の奥に沈んだ澱(おり)を、浮かび上がらせる効果がございます。……絶好の、お掃除日和ですね」


(SE:彼女が再びベランダの窓を開ける。雨の音が、ざあざあと部屋に流れ込んでくる。ひんやりとした、湿った空気)


「さあ、こちらへ。とっておきの雨宿りの場所へ、ご案内します」


(SE:二人でベランダへ出る。雨に濡れないように、軒下へ。しかし、雨は少し斜めに降っている)


「……このままでは、濡れてしまいますね。……大丈夫。この子の出番です」


(SE:常盤が、ベランダにいつの間にか置かれていた、新しい鉢にそっと触れる。そこからは、大きな一枚の葉を持つ植物が生えている)


「お起きなさい、『雨宿りの葉』。あなたの主を、お守りなさい」


(SE:彼女の言葉に応えるように、固く巻かれていた葉が、ばさっ、と大きな音を立てて開く。それはまるで、巨大な傘のように、二人の頭上を覆う)


うわ……。


「ふふ。これで、濡れる心配はございません。……お聞きください。窓ガラスを叩く雨音とは、また違うでしょう?」


(SE:頭上の大きな葉に、雨粒が当たる音。ぽつ、ぽつ、と、太鼓を優しく叩くような、深く、有機的な音。遠くで、ゴロゴロ……と雷の音が響く)


「葉脈を伝って、雨粒が流れていく音……。土に染み込んでいく、命の音……。雨は、ただの気象現象ではございません。空が、大地を癒すための、営みなのです」


(二人の間に、しばらく沈黙が流れる。ただ、雨音と、遠雷の音だけが響く。彼女が、そっと隣に寄り添うように座る。衣擦れの音)


「……雨の音を聞いていると、心の奥にしまい込んでいた、いろんなものが、浮かび上がってきませんか? ……悲しかったこと、辛かったこと……。それらを、無理に消す必要はございません。ただ、そこに在ることを認めてあげるのです。……そして、綺麗にお掃除してあげましょう」


(SE:彼女が、また別の小さな鉢植えを取り出す。そこには、タンポポの綿毛のような、ふわふわとした球体が実っている)


「これは、『心浄(しんじょう)の綿毛』。雨音に浮かび上がった心の汚れを、優しく絡め取ってくれるのです。……さあ、少しだけ、こちらにお顔を向けてください。……お耳の、お掃除をいたします」


(彼女が、こちらの頭をそっと自分の膝の上に乗せる。膝枕の状態。視界が変わり、彼女の顔と、雨に濡れる葉の傘が見える)


(右耳に、彼女の声が直接響くように、とても近い距離で)

「では、失礼いたしますね。……まず、この綿毛を、少しだけ……」


(SE:彼女が指先で、綿毛の塊から、ふわ、と一部を千切り取る音。とても柔らかく、繊細な音)


「これを、指先で丸めて……。お耳掃除のための、特別な梵天(ぼんてん)にいたします」


(SE:指先で綿毛をこねる、くしゅ、くしゅ、という音。右耳のすぐ近くで聞こえる)


「……はい、できました。では、右のお耳から……。失礼します」


(SE:綿毛の梵天が、右の耳介にそっと触れる。ふわ、ふわ、と、羽で撫でられるような、くすぐったい音)


「まずは、外側から……。雨の湿気で、少しだけ敏感になっていますね。……気持ちいいですか? ……よかった」


(SE:耳の溝を、梵天が優しくなぞっていく。さわさわ……ごそごそ……。細かい産毛に触れる、ぞわぞわとした感覚)


「……うん、綺麗なお耳。……では、少しだけ、中に入りますね。……力を、抜いて……。わたくしに、すべてを委ねてください」


(SE:梵天が、耳の穴の入り口を優しくこする。ごそごそ、ごそごそ……。奥へは進まず、入り口付近を重点的に)


「……雨の音に、集中してみてください。……ざあ……ざあ……。この音と一緒に、心の中の要らないものが、洗い流されていくのを、イメージして……」


(SE:ごそ、ごそ……。時々、梵天の繊維が鼓膜の近くの空気を震わせる、ぞわっ、とする音)


「……少し、固くなった音がありましたね。……これを、優しく……掻き出して……」


(SE:ごそ……こりっ。小さな、しかしはっきりとした、何かが取れる音。満足感のある音)


「……はい、取れました。ふぅー……」


(SE:彼女が、耳の中に、そっと息を吹きかける。温かく、湿った息。ごく微かな風の音)


「綺麗になりました。……では、反対側も、同じように」


(彼女が、こちらの頭をそっと持ち上げ、向きを変えさせる。再び、彼女の膝の上に頭が乗る。衣擦れの音)


(左耳に、彼女の声が近づく)

「次は、左のお耳を……。失礼しますね」


(SE:左耳で、再び梵天の優しい音が始まる。ふわふわ、ごそごそ……)


「こちらは、どうでしょうか。右と左で、感じるものは違いますか? ……心の庭も、場所によって、土の質が違うものなのです。……日当たりの良い場所、日陰になりがちな場所……。どちらも、あなたの一部。……優しく、丁寧にお手入れしてあげましょう」


(SE:左耳の掃除が続く。ごそごそ……。時折、雨音が強くなる。ざざーっ)


「……雷が、近づいてきましたね。……でも、大丈夫。この葉の下は、世界で一番、安全な場所ですから。……わたくしが、そばにおりますから」


(SE:ごそごそ……こりっ。左耳からも、何かが取れる音)


「……はい、こちらも綺麗になりました。……ふぅー……」


(SE:再び、左耳に優しい息が吹きかけられる)


「これで、おしまいです。……雨も、少し、弱くなってきたようです」


(SE: 雨音が、少しずつ遠ざかっていく。雷の音も、もう聞こえない)


「……心の澱は、綺麗になりましたか? ……あなたの庭の土が、雨水を吸って、ふかふかになっている音がします。……とても、良い音です」


(彼女が、そっとこちらの頭を撫でる。優しく、慈しむような手つき。その手の温かさが、じんわりと伝わってくる)


***


(SE:雨はすっかり止み、静寂が戻っている。頭上の葉から、残った雨粒が、ぽつり、ぽつりと滴り落ちる音だけが聞こえる)


「……雨上がりの空気は、澄んでいて気持ちが良いですね」


(彼女の膝の上で、ゆっくりと目を開ける。彼女が優しく微笑んでいるのが見える)


「お目覚めですか? ふふ、もう少し、そのままでもよろしいのですよ」


(その時、ベランダの隅から、再び、澄んだ鈴のような音が聞こえる)


(SE:チリン……チリリ……)


「……おや?」


(常盤が、音のする方へ視線を向ける。それは、最初に彼女が現れた、あの植木鉢だった)


「……まあ……!」


(SE:植木鉢の中心に植えられていた、小さな苗木――常盤が「あなたの心樹(しんじゅ)」と呼んだ木が、柔らかい光を放ち始める。そして、その先端の蕾が、ゆっくりと、しかし力強く、ほころび始める)


(SE:リーン……ゴーン……。鐘の音にも似た、深く、美しく、共鳴するような音を立てて、一輪の花が咲く。花弁は光を帯び、周囲を幻想的に照らし出す)


「……咲きましたね。あなたの、心の花が」


(彼女の声は、喜びに満ちている。心からの、優しい響き)


「おめでとうございます。あなたの心の庭は、見事に、花を咲かせました。……わたくしも、こんなに見事な花は、久しぶりに見ました。……あなたが、ご自身の心と、素直に向き合ってくださった、証です」


(SE:彼女がそっと立ち上がり、花に近づく。衣擦れの音)


「そして、この花は……持ち主の心が満たされた時にだけ、特別な恵みを、与えてくれるのです」


(SE:彼女が、咲いたばかりの花の中心に、そっと指を伸ばす。花の中心から、蜂蜜のようにとろりとした、黄金色の液体が一滴、彼女の指先に滴り落ちる。ぽたり、という重みのある音)


「『時紡ぎの油(ときつむぎのあぶら)』……。疲れた魂を癒し、安らかな眠りへと誘う、最後の仕上げにございます」


(彼女が、油のついた指先をこちらに向け、ベッドサイドに戻ってくる)


「さあ、もう一度、横になって。……最後の、そして、最高に心地よい、処方をいたしますから」


(言われるがままに、ベッドに横になる。彼女が、その油を両手でそっと擦り合わせる)


(SE:粘度の高い液体を、手のひらで温めるような、くちゅ、くちゅ、という生々しい音。甘く、芳しい香りが漂ってくるようだ)


(彼女の手が、そっと、こめかみに触れる。ひんやりとした油が、肌に乗る感覚)


「……失礼します。まずは、こめかみから……。ゆっくりと、円を描くように……」


(SE:指の腹が、こめかみを優しくマッサージする音。ぬるり、という油の滑る音と、皮膚が優しく揉まれる音。非常に近い距離で聞こえる)


「……どうです? 気持ち、良いでしょう……? ここには、一日の疲れがたくさん、溜まっているのです。……それを、この油で、溶かしてあげるように……。くーる、くる……」


(SE:マッサージの音が続く。時折、指が髪を梳く、さわ、という音も混じる)


「……次は、頭全体を。……指を立てて、優しく、でも、しっかりと……」


(SE:彼女の両手が、頭全体を包み込むようにマッサージを始める。指先が頭皮を捉え、揉みほぐしていく音。ごり、ごり、という凝りがほぐれるような、心地よい音)


「……あなたの心樹が、こんなに綺麗な花を咲かせたのです。……あなたの心は、もう大丈夫。……これからは、ご自身で、ご自身の庭を、愛でてあげてください。……たまには、水をやり、光を当てて……。そうすれば、きっと、ずっと、美しく咲き続けますから」


(SE:マッサージの音が、だんだんとゆっくりになる。頭のてっぺんを、手のひらで、ぎゅーっと優しく圧迫する音)


「……はい、おしまいです。……とても、綺麗な音色になりましたね、あなたの心は」


(マッサージが終わる。彼女は、ベッドの横に静かに座っている。その気配が、すぐそばにある)


(囁き声で、耳元に、最後の言葉を置いていくように)

「……でも、お庭の手入れは、一度きりでは終わりません。……もし、また、土が乾いて、音が聞こえなくなってしまったら……」


(彼女が、そっと、こちらの手に自分の手を重ねる。温かい感触)


「……その時は、また、わたくしを呼んでください。常盤は、いつでも、あなたの庭に、馳せ参じますから」


(彼女の微笑む気配)


「……だから、安心しておやすみなさい。……また、明日」


(SE:彼女が静かに立ち去る衣擦れの音。部屋には、心樹の花が放つ、リーン……という、穏やかで美しい音の余韻だけが残っている。その音は、だんだんと小さく、遠くなっていき、やがて完全な静寂と、安らかな眠りへと誘われていく……)


***


(SE:柔らかな小鳥のさえずり。遠くから聞こえる、教会の鐘のような澄んだ音。カーテンの隙間から、細い光の筋が部屋に差し込んでいる)


……ん……。


(ゆっくりと目を開ける。シーツの擦れる、微かな音。いつもなら、けたたましい電子音に叩き起こされる朝。だが、今日は違った)


(SE:チリン……チリリ……。ベランダの方から、微かで、しかし心地よい鈴の音が聞こえてくる)


……この音……。


夢じゃ、なかったんだ。


(ゆっくりと体を起こす。軋むような体の重さがない。それどころか、羽のように軽い。深く息を吸い込むと、胸いっぱいに澄んだ空気が満ちていく感覚があった)


(SE:ベッドから降り、裸足でフローリングを歩く音。ぺた、ぺた……)


昨夜の出来事が、幻ではなかったという確信があった。常盤(ときわ)さんと名乗った、不思議な庭師の女性。彼女が僕の心にしてくれた、優しくて、丁寧な手入れの数々。月光草の囁き、心浄の綿毛の感触、そして、時紡ぎの油の温かさ。そのすべてが、体の芯に、じんわりとした温もりとして残っている。


(SE:ベランダに続く窓を開ける、ガラガラという音。朝のひんやりとした、しかし新鮮な空気が部屋に流れ込んでくる)


「……あ……」


思わず、声が漏れた。

ベランダは、見違えるようだった。

昨夜、僕の心の花を咲かせた『心樹(しんじゅ)』が、植木鉢の中心で静かに佇んでいた。その花弁は、朝の光を浴びて、まるで内側から発光しているかのように淡く輝いている。そして、風がそよぐたびに、チリン、リーン……と、僕を目覚めさせたあの優しい音を奏でていた。


(SE:心樹の花が揺れ、澄んだ鈴や鐘のような音が響く。リーン……)


それだけじゃない。

彼女が処方に使っていた植物たちも、そこに根付いていた。

耳元で囁いてくれた『月光草』は、銀色に輝く葉の先に、朝露を宝石のように煌めかせている。


(SE:ぽたり、と葉の先から露が滴り、下の葉に当たって、ピチャン、と小さな音を立てる)


僕たちを雨から守ってくれた『雨宿りの葉』は、その巨大な葉を広げ、瑞々しい緑を誇っている。まるで、この小さなベランダの守り神のようだ。耳掃除に使われた『心浄の綿毛』も、小さな鉢の中でふわふわとした白い球体を実らせ、風に優しく揺れていた。


(SE:風が吹き、植物たちの葉が擦れ合う音。さわさわ、しゃらら……。様々な音が混じり合い、自然の音楽となっている)


僕は、手すりにそっと触れた。

ひんやりとした金属の感触。眼下に広がる、見慣れたはずの街並み。

なのに、何もかもが違って見えた。

ビルの輪郭が、くっきりと鮮やかに見える。

遠くを走る電車の音が、耳障りな騒音ではなく、街の鼓動のように聞こえる。

空気の中に混じる、土と緑の匂い。頬を撫でる、風の優しい感触。

今まで、僕がどれだけ多くのものを見過ごし、聞き逃してきたのだろう。

世界は、こんなにも彩りと音に満ちていたんだ。


「……ありがとう、常盤さん」


誰に言うでもなく、呟いた言葉は、朝の空気に溶けていった。

僕の心の庭は、確かに、新しい朝を迎えた。

モノクロだった僕の一日が、色鮮やかに始まる予感がした。


***


(SE:シャワーの音。以前より少しだけリズミカルに聞こえる。鼻歌でも歌い出しそうな気配)


着替えを済ませ、鏡の前に立つ。

そこに映っていたのは、紛れもなく僕自身だった。けれど、目の下の隈は薄れ、強張っていた表情筋が、少しだけ緩んでいるように見えた。口角を上げてみると、ぎこちないながらも、笑うことができた。


(SE:キッチンでトーストが焼ける音。チーン、という軽快な音。コーヒーを淹れる、コポコポという温かい音)


朝食を済ませ、玄関のドアを開ける。

いつもの通勤路。いつもの満員電車。

以前の僕なら、この時点でうんざりし、心を閉ざしていただろう。耳にはイヤホンを押し込み、外界の音を遮断して、スマートフォンの画面に没頭していたはずだ。


(SE:駅の喧騒。人々の足音、話し声、アナウンス。電車の到着を告げるベルの音)


でも、今日は違った。

僕はイヤホンをバッグにしまったまま、ホームに立った。

人々のざわめき。行き交う足音の響き。遠くから近づいてくる電車の走行音。

その一つ一つが、バラバラの騒音ではなく、この街を動かすための、一つの大きな音楽のように感じられた。


(SE:電車のドアが開く音。プシュー。乗り込む人々の衣擦れの音)


ぎゅうぎゅう詰めの車内。

人の体温、香水の匂い、小さな咳払い。

息苦しさは、もちろんある。でも、不思議と、以前のような絶望的な閉塞感はなかった。

目を閉じて、耳を澄ませる。

ガタン、ゴトン、と規則正しく響くレールの継ぎ目の音。モーターの唸り。車内アナウンスの、少しだけ抑揚のない声。誰かのスマートフォンの、小さな通知音。

それら全てが、生きている音だった。

僕と同じように、それぞれの日常を生きる人々の、音だった。


(SE:会社のオフィスのドアが開く音。おはようございます、という挨拶が飛び交う)


「あ、おはよう。なんだか今日、顔色良いじゃないか。何か良いことでもあった?」


デスクに着くと、隣の席の同僚が声をかけてきた。

いつもなら、「いえ、別に」と素っ気なく返して、会話を終わらせていたはずだ。


「おはようございます。そう見えますか? 昨夜、よく眠れたからかもしれません」


自然に、そんな言葉が出てきた。

同僚は少し驚いたような顔をして、それから嬉しそうに笑った。


「そりゃ良かった。睡眠は大事だからな。今度、駅前にできた新しいカフェ、ランチに行かないか?」


「ええ、いいですね」


そんな、何気ない約束が、とても嬉しかった。


(SE:PCの起動音、軽快なキーボードのタイピング音、マウスのクリック音)


仕事が始まっても、集中力が途切れなかった。

PCのファンの音も、電話の呼び出し音も、以前のように神経を逆撫ですることはない。むしろ、それらの音が、仕事のリズムを作ってくれているようにさえ感じた。

心の庭の土が、ふかふかになったからだろうか。新しい情報や、人とのコミュニケーションという名の水や光を、素直に吸収できる。そんな感覚があった。


昼休み。

僕は、いつも食べていたデスクの引き出しの栄養補助食品には手を付けず、会社の外に出た。


(SE:ビルのエントランスを出る。都会の喧騒。車の走行音、人々の話し声)


向かったのは、会社の近くにある、小さな公園だった。

こんな場所があったなんて、今まで気付きもしなかった。


(SE:公園に入る。喧騒が少し遠のき、代わりに木々の葉が風に擦れる音、子供たちの楽しそうな声、噴水の水の音が聞こえてくる)


ベンチに腰を下ろし、コンビニで買ったサンドイッチを頬張る。

木漏れ日が、きらきらと地面で踊っている。

鳩が、こっちの様子を伺いながら、とことこと歩いている。

名前も知らない花が、花壇で風に揺れている。

僕は、空を見上げた。

どこまでも青い空に、白い雲がゆっくりと流れていく。

今まで、どれだけ下を向いて歩いていたんだろう。

世界は、こんなにも広くて、美しくて、そして、優しい音で満ちていたのに。


常盤さんが言っていた。

『人の心とは、一つの庭のようなもの』

僕の庭は、長い間、手入れをされずに荒れ果てていた。固くなった土には、どんな美しいものも、優しい音も、届かなかったんだ。

でも、今は違う。

彼女が耕してくれた心の土に、日常という名の旋律が、優しく染み渡っていくのが分かった。


***


(SE:夜。帰宅してドアを開ける音。ただいま、と小さな声で呟く)


あの日から、僕の生活は少しずつ、でも確実に変わり始めた。

一番大きな変化は、家に帰ってきて、まずベランダに出ることが日課になったことだ。


(SE:ベランダの窓を開ける音。夜の静かな空気。遠くで街の音が響いている)


「ただいま、心樹。みんな、元気だったかい?」


植物たちに話しかけるのが、一日の始まりと終わりになった。

最初は少し照れくさかったけれど、彼らが僕の声に応えてくれることに、すぐに気付いた。


(SE:ジョウロで水をやる音。さあーっ、と優しい水の音。土に水が染み込んでいく、じゅわ……という音)


僕が優しく水をやると、心樹は嬉しそうに、チリン、と軽やかな音を立てる。月光草の葉は、より一層銀色に輝きを増す。

そして、僕はもう一つ、この不思議な庭の秘密を知ることになった。

彼らは、僕の心の状態を、まるで鏡のように映し出してくれるのだ。


ある日、仕事で大きなミスをして、ひどく落ち込んで帰ってきたことがあった。


(SE:重い足音。深いため息)


ベランダに出ると、心樹の花が、いつもより光を失い、俯いているように見えた。奏でる音も、リーン……と、どこか悲しげで、低い響きだった。月光草は葉を固く閉じ、雨宿りの葉も、力なく垂れ下がっている。

僕は、その姿を見て、はっとした。

ああ、今の僕の心は、こんなにも萎れてしまっているのか、と。


僕は、しゃがみ込んで、心樹の鉢の土にそっと触れた。

少し、乾いて、固くなっている気がした。


「ごめんな、僕がしっかりしないから……。辛い思いをさせちゃったな」


ゆっくりと、優しく、土をほぐしてやる。

そして、今日の出来事を、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

誰かに話すなんて、久しぶりのことだった。いや、こんな風に、自分の弱さをさらけ出すのは、初めてだったかもしれない。


話しているうちに、不思議と心が落ち着いてきた。

すると、どうだろう。

僕の声に応えるように、心樹が、ほんの少しだけ顔を上げ、慰めるように、ぽろん、と優しい音を奏でた。閉じていた月光草の葉が、ゆっくりと開き始める。


(SE:心樹の慰めるような音。ぽろん……。月光草の葉が開く、さら……という微かな音)


彼らは、僕を責めたりしない。ただ、僕の心の音を聴いて、寄り添ってくれる。

それだけで、僕は救われた。

「ありがとう」

そう言って、いつもより丁寧に水をやると、庭全体が、ふわりと安堵のため息をついたように見えた。


嬉しいことがあった日も、同じだった。

同僚とランチに行ったカフェが、とても素敵だった日。

難しいと思っていた企画が、すんなりと通った日。

そんな日に帰宅すると、ベランダは祝福の音で満ち溢れていた。


(SE:心樹の明るく華やかな音。チリリリン! 月光草の葉がキラキラと揺れる、しゃららら!という音。心浄の綿毛が、嬉しそうにぽんぽんと弾けるような音)


庭は、僕の心のバロメーターだった。

そして、この庭の世話をすることは、僕自身の心を手入れすることだと、いつしか理解していた。


季節は巡った。

夏には、雨宿りの葉が涼しい木陰を作り、心樹は風鈴のように涼やかな音を奏でた。


(SE:蝉の声。風が吹き、心樹がチリンチリンと涼しげに鳴る)


秋には、月光草の葉が、夕焼けのような淡い金色に色づき、少しだけ物悲しく、でも温かい音を響かせた。


(SE:落ち葉を踏む音。遠くで虫の声。月光草の、しゃらん……という落ち着いた音)


冬が来て、初めて雪が降った朝。

ベランダは、真っ白な雪に覆われていた。けれど、植物たちは寒さに凍えることなく、むしろ、その静寂を楽しんでいるようだった。雪を被った心樹の花は、まるで氷の彫刻のように透き通り、しんとした空気の中に、どこまでも澄んだ鐘の音を響かせていた。


(SE:しんしんと雪が降る音。自分の足が雪を踏む、きゅっ、きゅっ、という音。心樹の、コーン……と、冬の空に響き渡る、一点の曇りもない音)


常盤さん、見ていますか。

僕は、あなたの助けがなくても、なんとかやっています。

自分の庭が、今どんな状態なのか、どんな音を奏でているのか、ちゃんと聴けるようになりました。

乾いていたら水をやり、固くなっていたら耕して、時には、ただ静かに寄り添う。

そうやって、僕は僕の心と、対話できるようになったんです。

でも……時々、どうしようもなく、あなたの声が聞きたくなります。

あの夜、僕を救ってくれた、優しくて、温かい、あなたの声が。


***


(SE:春の穏やかな日差し。鳥のさえずり。心地よい風の音)


あの一夜から、ちょうど一年が経った、春の日の午後だった。

僕は、休日をベランダで過ごしていた。

この一年で、僕の庭は、驚くほど豊かになっていた。常盤さんが残してくれた植物たちだけでなく、僕自身が選んだ小さな花やハーブの鉢も増え、ベランダは色とりどりの生命で満ち溢れていた。

様々な植物たちが奏でる音が、風と光の中で混じり合い、絶え間なく変化する、心地よいシンフォニーを生み出している。


(SE:様々な植物の音が重なり合う、自然で美しいハーモニー。小鳥のさえずりも加わる)


その中でも、ひときわ大きく育った心樹が、この庭の中心で、静かにその時を待っているようだった。

そして、太陽が一番高い位置に昇った、その瞬間。


(SE:リーン……ゴーン……!! 荘厳で、力強く、そしてどこまでも優しい鐘の音が、空高く響き渡る)


心樹が、これまでで一番大きく、美しい花を咲かせたのだ。

その花弁は、幾重にも重なり、中心は黄金色に輝いている。その音は、ただの鈴の音ではない。僕の魂そのものが、喜びの歌をうたっているような、深く、豊かな響きだった。

その音は、ベランダの小さな空間に留まらず、青い空へと吸い込まれるように、どこまでも、どこまでも、響き渡っていった。


すると、その音に呼ばれたかのように、ふわりと、優しい風が吹いた。

庭の花々が一斉に揺れ、色とりどりの花びらが、祝福するように宙を舞う。

僕は、その光景に、ただ見惚れていた。

そして、舞い散る花びらが、ゆっくりと収まった時。

僕は、息を呑んだ。


心樹の隣に、いつの間に現れたのか、一人の女性が立っていた。

古風な、しかし気品のある衣をまとった、懐かしい姿。


「……常盤、さん……」


彼女は、咲き誇る心樹の花を見上げ、それから、ゆっくりと僕の方へ振り返った。

その微笑みは、一年前と何も変わっていなかった。


「……素晴らしい音色ですね。遠くまで、はっきりと、聞こえてまいりましたよ」


「どうして……」


「あなたの心樹が、わたくしを呼んでくれたのです。感謝と、喜びの音色で。……見事なお庭になりました。わたくしが手入れをした時よりも、ずっと、力強く、美しい」


常盤さんは、庭全体を愛おしそうに見渡しながら言った。

僕は、溢れ出しそうになる感情を、必死に言葉にした。


「あなたのおかげです。あの夜、あなたが来てくれなかったら、僕の庭は、きっと、とっくの昔に枯れ果てていました。本当に……本当に、ありがとうございました」


深く、頭を下げる。

顔を上げると、常盤さんは、穏やかに首を横に振った。


「いいえ。わたくしは、きっかけに過ぎません。固く閉ざされていた、あなたの心の庭の扉を、少しだけ開けるお手伝いをしただけです。この庭に水をやり、光を当て、ここまで見事に育て上げたのは、あなたご自身の力にございます」


その言葉が、すっと、胸に染み渡った。

そうだ。僕が、この一年、この庭と向き合ってきたんだ。

常盤さんは、僕自身が持っていた力を、思い出させてくれただけなんだ。


「……ふふっ。でも、主の許可なく、お庭に足を踏み入れてしまいましたね。お詫びに、何か、お手入れをいたしましょうか? それとも、また、耳かきでも……」


悪戯っぽく微笑む彼女に、僕は、笑って首を横に振った。


「ありがとう。でも、もう大丈夫です。……それよりも、お願いがあるんです」


「お願い、ですか?」


「はい。もし、よかったら……この庭の音を、一緒に聴いてもらえませんか?」


僕の言葉に、常盤さんは、一瞬、きょとんと目を丸くして、それから、心の底から嬉しそうに、花が綻ぶように微笑んだ。


「……喜んで」


僕たちは、並んでベンチに腰掛けた。

どちらからともなく、目を閉じる。

風が吹き、心樹が歌い、月光草が囁き、小さな花々が相槌を打つ。

僕の心の庭が奏でる、世界でたった一つの、音楽。

それは、悲しみも、辛さも、喜びも、楽しさも、すべてを包み込んで、明日へと続いていく、希望の音色だった。


「……常盤さん」


「はい」


「これからも、時々……ううん、いつでも、この庭に、遊びに来てくれませんか」


「……庭師として、ではなく?」


「友人として」


彼女は、何も言わずに、こくりと頷いた。

その横顔が、春の日差しの中で、とても綺麗に見えた。


僕の人生は、これからも続いていく。

時には、また心が疲れて、庭の土が固くなってしまう日もあるだろう。

でも、もう、大丈夫。

僕には、このベランダの庭がある。

自分の心の音を聴き、対話し、手入れする方法を知っている。

そして、時々訪ねてくれる、優しい友人がいる。


僕の人生は、これからもきっと、たくさんの美しい音を、紡いでいく。


(SE:ベランダの心地よい音のハーモニー。心樹の澄んだ鐘の音。二人の穏やかな笑い声が、それに重なる。音楽のように、ゆっくりと、フェードアウトしていく……)

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時と音を紡ぐ庭師さん、僕のベランダに咲きました ~疲れきった心の土に、不思議な植物の癒しを処方します~【ボイスドラマ】【G’sこえけん】 ☆ほしい @patvessel

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