06:何処へなりと

 恒星系転移に先行して反転しターゲットのブラックホールから全速力で離れながら、玉渾クィンメリヤ航宙甲板フライトデッキは騒然となっている。重量コントロールの乱れの中、倒れ込んだとうはくの腕に抱き止められて、斐虎ひこさんでの最後の夜を思い出していた。

 初めて優しくしてくれた人。化け物だった自分に名前をくれた人だ。今はこの船の船長クムに転生している。あの夜、現れた仙に告げた願いは聞き届けられた。

 再びはくに会うため、これまで遠い遠い旅をしてきた。自らも仙となり無限の宇宙バースを繰り返し転生し続けながら膨大な知識と巨大な力を得たけれど、そんなものは副産物だ。

 ただ、会いたかった。

 あまりにも大きな術を終えた反動か、これほど側にいるからなのか、全ての記憶が蘇ってくる。そして今、はくとうを見ている。

 覚えていなくとも構わない。無事ならそれでいい。

 そう思った時、あの懐かしい声が降ってくる。

とう。……俺だ。はくだ」

 ああ。

 とうは――かつてのしょう、魍魎の姫は今、その命に代えても守りたかった人の腕の中にいる。そして口から出たのはあの言葉。

「……我の名はもうりょうすだま

 指が唇を止めた。とうの額とはくの額が触れる。

「お前の名はとう。俺が名付けた。お前は生ける宝。俺を生かす者」

 生ける毒などではない。はくを殺す者などではない。

「教えてくれ、とう。もうお前を一人にしたくない。俺は何をしたらいい」

 するととうは、あの美しい銀と薄紅の瞳を涙に濡らして微笑み、首を横に振った。

「これ以上は何も要らぬ。我の身には余るほどのものを、既に受け取った」

 もう二度と離れずにいられる。たとえ矢を射掛けられても火を放たれても、打ち勝つだけの力がある。

「また死んでも一緒にいられるか?」

 いつまでも、と心を込めてとうは頷き答えた。

「ここに辿り着くため、我は仙の位を得た。無限の宇宙バース何処いずこへなりとそなたの魂を連れてゆける。そなたが望むなら」

「……ああ。それだけが望みだ」


 玉渾クィンメリヤ航宙甲板フライトデッキは操船前後を含めてすべての音声ログを録り公用語に翻訳する。しかし、この日この時交わされた滅亡星の神子みこと船長との会話は、翻訳できずに原音だけが記録されることとなった。

 遥か彼方のひとつの宇宙バースで遠い昔に滅びた国、ふたりの生まれたあの国の言葉を訳せる自動翻訳データは、この宇宙バースのどこにも存在しなかったからである。






〈了〉


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無限仙姫の壊星 鍋島小骨 @alphecca_

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