05:愚者の船

 追ってくるのは軍払い下げの古い亜光速宇宙船で、なかなかよく手入れされているらしくぴたりとつけてくる。それでも貨物輸送船である以上、宇宙制限速以上は出せないはずだ。航宙記録ログからバレたら一発免停、船体差し押さえになる。

 だが俺達のような『資源ビジネス』には航宙交通法など関係がない、と船長のヨーは言い切ってやってきた。俺達は捕まらず、航宙記録ログを読まれることもない。だから相手より先に相手より大きく加速する。逃げて品物を届け、次の仕事をけて、もっと稼ぐ。もっともっと。

 何しろこの船には魔女が――次元干渉能力者オムニポーターがいるのだ。

「船長、非活動黒洞インアクティヴ・ブラックホールを見つけた!」

 船員クルーももう、どうすればいいのかよく分かっている。

 熱や光を放つ輪のような降着円盤ディスクがない非活動的ブラックホールは見えにくく、宙域図に掲載されにくい。いち早くそれを見つけて天体重力推進スイングバイし追手の出せない速度に達すれば逃げ切れる。追手が鈍くさい奴ならブラックホールの事象の地平面イヴェント・ホライゾンに船をかすって自滅してくれることもある。

「ギリギリに寄せて天体重力推進スイングバイだ。加速まで残り秒数」

「百三十秒!」

「カウントしてろ」

 いつもこうやって逃げ切ってきた。楽勝だ、とヨーは考え、隣の席に座る魔女を見やった。

 辺境の惑星で偶然拾った魔女だ。動けなくなっていたので助けてやった。『主従の契約』というやつをやったからヨーの言うことは全部聞く。次元干渉能力者オムニポーターの力を持っており、そもそも気が触れているのか倫理観のまるでない女だから資源ビジネスにはうってつけ。大物の輸送作業が随分便利になった。

 だが不可能なこともある。たとえばこの船ごと間隙宇宙ギャップバースに入れることができない。千年に一人の大魔女でもなければ人間を含むものは無理だとほざく。

 まあ、それはそれ。荷を積んでいない軽い船なら逃げ方なんぞいくらでもあるのだし、『結界』とかいう次元干渉防御フィールドも張ってくれているらしい。それに抱き心地が最高だしな、とヨーは鷹揚に魔女の不出来を認めている。

「次の港で甘いものでも買ってやる。それまでいい子にしてろ」

「七歳くらいの子どもがいいわ。あのくらいの肉が一番柔らかくて甘、」

 言葉が途切れて魔女が突然痙攣を始めた。座席の上で感電でもしたようにびくんびくんと身体ごと大きく跳ねる。その目は見開かれ顔は恐怖に歪み、口からは悲鳴じみた声が放たれた。

 ほとんど同時に船員クルーが周辺重力の急激な変化を検知する。船が激しく揺れ、外を映すモニタに何か巨大に輝くものとやはり巨大な影が行き交う。熱。重力。魔女が絶叫する。

「ありゃ何だ、報告しろ!」

 そう叫んだヨーに信じられない答えが返ってきた。

「船長、ブラックホールが二つある! 何でだ、さっきまで何もなかった」

 ブラックホール? あの光は降着円盤ディスクか? 違う、ここは降着円盤ディスクの現れる赤道面ではない。だが船外で巨大な塊が光と熱を放っている。何か途方もない質量の物体が――

 船に断続的な衝撃が続く。外装モニタにコンマ数秒間映し出された光景を見てヨーは我が目を疑った。

 つい一昨日、海水を盗んだ玄遥パルミスイの地上に見かけた巨大遺跡。冠をかぶった獅子と、その神殿の特徴的な石柱が、船の外壁に穴を開けて砕けながら光の方に転がっていくのだ。

 その後はどのモニタも光しか映さず順に焼き切れ、船内は警報音に満ち、あらゆる機器が破裂するように故障していく。

 魔女が叫ぶ。

「星がちてくる! すべての星が墜ちてくる!! 大魔女のしわざだ、大魔女が星をつかんで投げつける、苦しい、ああ!!!」

 映像が途切れる寸前、モニタが示した重力値からヨーは空恐ろしい事態に気づいた。数値は、それこそ一昨日見たばかりの恒星系全体とほぼ等しい重量の何かが突如出現したことを示している。サディスティックな趣味で資源ビジネスをしているヨーは、殺した相手から記念品を取るかのように『採取』前後の恒星系の重量を記録して比べる習慣があった。

 その数値を、桁を見間違うはずはない。

 つまりこれは。

 誰か強力な次元干渉能力者オムニポーターがいて、玄遥パルミスイを含む恒星系を丸ごとここに出現させたのではないか? 公転時よりはるかに高い密度で、掴んで丸めて投げつけるように。

 現れた物質はブラックホールの重力に引かれて加速、高温となり、光や高エネルギー放射線を発し始める。既に事象の地平面イヴェント・ホライゾンを超えて吸い込まれた巨大質量があるはずだ。恒星が側にあったら自分たちはもう死んでいる。

 恒星が直接事象の地平面イヴェント・ホライゾンの内側に送られたとしたら。

 ブラックホールは、急激に質量を増し。

 質量と比例して半径が増加する『終わりの境界』が、

 光すら二度と外に帰すことのない事象の地平面イヴェント・ホライゾンが、

 拡大する。

 その時、ギリギリを攻めて天体重力推進スイングバイするため突っ込んでいきつつあったこの船は――

 反転しろ、そう叫ぼうとしてヨーは、もう遅すぎることも分かっていたし、自分の命が残り一秒もないだろうことを知った。

 ただ、これほどの物質量を操る次元干渉能力者オムニポーターがどこの誰で、何故こんなことをしたのかだけは知りたいと思った。




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