薄氷を歩くような
秋村涼
第1話 かつて
願わくはこれを語りて、平地人を戦慄せしめよ。
ーー柳田國男
その日、井出家の囲炉裏の火が絶えることはなかった。
男衆は皆たいまつを手に村中を探し回り、女達は台所もしくは仏間に在って、男達の食事を作るか、神仏に祈りを捧げている。どの顔にも疲労と、隠しきれない恐怖の色が濃い。
誰かが、泰三は山に行ったのではないかと言った。
気味の悪い沈黙が降りた。その隙間を夜の虫の声が、美しく埋めていく。誰もが一度は思えども、口にしなかったことだった。
夜明け前の時分になって、村はずれまで探しに行っていた男が、片方だけの草履を持って戻ってきた。草履は鼻緒が切れて結び直した痕があり、泰三の妻の言によると確かに夫のものであるとのことだった。今朝家を出るときに切れ、縁起が悪いと言いつつ結び直すのを見たという。草履は界木峠の藪の中に落ちていた。
次の日の夜、井出家の囲炉裏の火は早々に落とされた。泰三は山にて何かしらに隠されたのだろうと、そういうことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます