研究所を辞めて、また魔女の家で暮らす?
「……はぁ、あなたって子は全くもう……」
額を押さえて深い溜め息を落とす先生。まあ、わたしも自分が……所謂マッドサイエンティストの類だという自覚はあります。
「それに、この
割と深刻なんですよね。『番』に関する悲劇は。
「まあ、獣共から逃れられるなら生殖器官なんて差し出しても構わないという、なりふり構わないヒトはそれなりにいるでしょうねぇ……」
「というワケです」
「経緯は、理解したわ。まあ、全っ然納得はしてないけどね! ひとまず、あなたの体調が思わしくなさそうだから、今お説教するのは勘弁してあげる」
どうやら、体調が戻るとお説教は免れないらしい。先生のお説教は長いんですよね。まあ、少々無茶をしたという自覚があるので甘んじて受けます。
「ねぇ、埋葬っていうのは? 嘘?」
「いえ、実際にお墓を作って埋めました」
摘出した子宮を燃やして、その灰を管理の厳しい……人族が運営する、獣人族の立ち入りが制限されている墓地へ埋めました。
管理者側に獣人がいると、下手をすると遺体ですら連れ去られてしまうと言いますからね。ご遺体を身近に置きたがるなら、まだマシな方。最悪、「一つになろう」と言って、番の遺体を食べてしまう獣人もいるのだとか……恐ろしい話です。
『番関係』解消実験のことを話すと、墓地の管理者は快諾してくれました。やはり、墓泥棒と言いますか……亡くなられた番のご遺体を掘り返して持って行こうとする獣人はいるようです。
「……あの小瓶の中身は?」
「適当にゴミを燃やした灰です」
以前にわたしが着ていた服の灰を詰めて渡しました。
「ふぅん……ゴミを後生大事に抱えて帰ったってワケ」
「はい。避妊薬で、生殖器官摘出の代わりになるかどうかも研究したいですね」
おそらく、一番『番』の認識から外れることができるのが生殖器官の摘出です。無くしたものは戻りませんし。まあ、部位欠損を治せるくらいの治癒魔術を扱えるヒトがいれば別ですが。手足や内臓の一部欠損なら兎も角。一臓器とは言え、丸ごとの損失は治すのが非常に難しいそうなので、あまり現実的ではないでしょう。
そもそも、『番』という認識は、現状で一番自身の子供が優れて生まれる確率が高い相手を本能で嗅ぎ分けて、『番』とする習性なのではないか? と思っています。
故に、『番』だと思って求婚し、子供まで生ませた後に、別の『番』が現れたというのも、ある程度説明が付きます。女性は妊娠、出産を経ると体質や体臭が変わりますし。匂いが『番』を識別する大きな要素であるならば、体質や体臭が変われば、『番』ではなくなることもあり得ます。
それを踏まえた上で、現状でのパートナーよりも、『新しい番』の方が優良な遺伝子を残せると本能が確信し、『番』が別のヒトへ変わることがある……というのが、わたしの推察です。
まあ、浮気性や心変わりで、『番』詐欺をしない、誠実だった獣人に『新しい番』が現れたという前提での、仮定ではありますが。
そんなことを考えていると、
「そう……あなた今、すっごく疲れた顔してるわよ。少し寝なさい」
先生がそっとわたしを抱き締めました。
「アタシが付いてるから、ね?」
ぽんぽんと、あやすように背中でリズムを刻む優しい手。ああ、子供の頃を思い出しますね。
「……怒って、いますか?」
「そうね。あなたの、ある意味自傷行為に少しだけ」
「……わたしを、嫌いになりましたか?」
「いいえ? 生殖器の一つや二つ減ったところで、身体欠損したところで、あなたがアタシの愛しい子なのは変わらないわ。おやすみなさい」
愛おしそうな優しい声と共に、柔らかい唇が額に落ちて――――
とろりとした眠気に負けました。
起きると……昔のように、また先生に世話を焼かれて、なぜか一緒に暮らすことが決定されていました。
「研究所を辞めて、また魔女の家で暮らす?」
と、冗談っぽく聞かれましたが……わたしが頷けば、きっと昔のように深い森の奥でわたしと一緒に暮らしてくれそうですね。
「いえ、まだ研究を続けたいです」
「わかったわ。それじゃあ、研究に飽きたときの楽しみにしましょう♪」
先生は、にんまりと麗しい笑顔を見せました。
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