第13話 勝手な、勝手に。

「あ、優多君おかえ……ってどしたの!?」


 剛史と春樹のおかげで一命を取り留めた俺は、今すぐぶっ倒れそうな、ふらふらとした動きで教室へと戻る。


 隣で萌花の驚く声が聞こえたが、今の俺に反応を返す余裕は全くなかった。


 ゴンッ!


 席に座るや否や、俺は倒れこむように顔を伏せる。頭にズキズキとした痛みが走るが、その痛みが心地よく感じるほど、俺の精神はおかしくなってしまったらしい。


「えっと……萌花ちゃん混乱中なんですけど~」

「うちの優多がごめんね七瀬さん、今はそっとしておいてくれると助かるかも」

「確か春樹君だったよね?一体何があったん?もしかして希咲良ちゃんに何かしちゃった系?」

「あ、希咲良さんのことは知ってるんだね」

「うん、優多君の好きぴでしょ?」

「そう。知ってるなら話しても良いかな?七瀬さんも無関係って訳じゃないし。実は──」


 春樹が萌花に何があったかを説明する。


「……あれ?もしかして萌花ちゃん、何かやっちゃいました?」

「まぁ……何かやっちゃってはいるよね」

「いや、萌花は悪くない。全ては俺が原因なんだ。俺が希咲良に勘違いされるようなことをしてしまったのが悪いんだし、希咲良に説明するのを躊躇ったのも悪いし、そもそも俺みたいなゴミが希咲良と一緒に居ること自体が良くなかったんだ。希咲良が幸せに生きていくためには俺という存在はそもそも要らなかった──」

「……ネガティブやばすぎん?」

「こうなったらどうしようもないんだよね。しばらくそっとしておいてあげて」


 まるで呪詛のように自分への悪口を呟き続ける優多。春樹は中学の頃から見慣れているから何ともないが、萌花からすればドン引きだ。


「優多は生きてるか……ってダメみたいだな」

「あ、お帰り剛史。あっちは大丈夫そう?」

「よく分からん。……まぁこっちよりはましだと思うぞ」

「過去一酷いもんね、これ」

「……なんかごめんね?萌花のせいで面倒なことが起きちゃったみたいだし」

「優多も言ってたけど七瀬さんは悪くないよ。優多の自業自得なんだから」

「そうだぞ七瀬。基本こいつが悪い」

「庇って貰えるのは嬉しいけど優多君のメンタル的に大丈夫なん!?」


 光の無い瞳を見開き、無表情な顔で呪詛を唱え続けていた優多。


 授業のために教室に入ってきた若い女性教師が優多を見て、少しだけちびってしまったのはここだけのお話。もはや一種のテロである。





 授業の内容が全く頭に入ってこない。右から左へと日本語のような何かが流れていく。

 

 俺は……また、希咲良に嫌われたんだな。


 受け入れ難い事実が俺の身体のあちこちを貫いていく。貫かれた箇所から、さらさらと何かが流れていく。


 それと同時に体から力が、心からやる気や希望といった、生きていくのに必要な何かががどんどん零れていく。


 俺はこの感覚を知っている。というよりも一度経験している。


 目の前に映る景色がモノクロに見えて、耳に入って来る言葉が全く理解できなくなって、身体には全く力が入らなくなる。


 この世界から自分という存在が拒絶された様な、自分はこの場所における異物だと後ろ指を指されている様な、そんな感覚。


 生きているのか、死んでいるのか、生と死の境目が大きく揺らぎ、その曖昧になった境界に放り込まれた様な錯覚が身体と脳を支配する。


 辛い、どうでもいい、このままどこかへ消えてしまいたいという気持ちが津波の様に押し寄せる。


 死んではいけない、同じ過ちを犯してはいけない、今度は親を悲しませてはいけないという使命感が防波堤となり、津波の勢いを殺していく。


 俺は……本当に駄目な人間なんだな。


 動くに動けない状況、どちらにも傾くことが出来ない感情は全て自分へと向かう。


 一度死に、学びを得たはずなのに、もう一度同じ過ちを犯す馬鹿な人間。


 希咲良のことを第一に考えていると勘違いしていた自分勝手な人間。


 自分は希咲良に好かれていると慢心していた間抜けな人間。


 こんな奴が希咲良を惚れさせる?そんなの無理に決まっている。


 こんな良いところが一つもない愚図を誰が好きになってくれるというのだろうか。


 これで復讐なんてほざいていたなんて、我ながら馬鹿馬鹿しい。


 もういっそのこと希咲良に言われた通り────いや、この選択をすれば本当に人間以下に成り下がってしまう。


 俺に出来るのはこれ以上人間としての価値を下げないことだけだ。


「優多、あんま気にしすぎんなよ。それと来週西城にちゃんと謝るんだぞ」

「謝れば希咲良さんもきっと許してくれるから。あんまり自分を責めすぎないでね?」 

「ああ、うん。ありがと剛史、春樹」


 気が付いたら放課後を迎えていた。


 体感では10分程度しか経っていないのに、現実では3時間も経過していたらしい。


 俺も帰ろう……いや、もう少し心の整理をしてからの方が良いか。今外を歩くと多分同じことを繰り返してしまう気がする。


「その、優多君……ごめんね?萌花のせいでこんなことになっちゃって」


 気まずそうな表情でこちらを見つめる萌花。


 ズキリとした痛みが心臓に走る。変に気を使わせた自分への怒り、彼女への申し訳なさが頭を支配する。


「さっきも言ったけど萌花は悪くないよ。全部俺が悪いんだし。こっちこそごめん、気まずい思いさせちゃって。今度何かしらで埋め合わせるよ。帰り道気を付けて」

「……うん、ありがと」

 

 教室から誰もいなくなるまで俺はぼーっと虚空を眺め続ける。その間も思考が止まることはなく、自分への悪口が頭の中をぐるぐると回っていた。


「あぁ~……きつ~」


 しばらくして教室は俺一人になった。それが分かると同時に、俺の口からは自然と言葉が零れた。


「希咲良に嫌われた……よな。あぁ~もうマジで自分が嫌になるわ。これで人生2周目ってマジ?自分でも信じらんないわ」


 自分への嘲笑が込み上げる。


 好きになった女の子に嫌われて、その腹いせに復讐しようとして、また嫌われる。


 自業自得、自分が全て悪い。そんなの分かってる。分かってるからこそ────。


「……諦めってやつか?なんかもう、全てがどうでも良いかも」


 良か否か、どちらかは分からないが、俺の心は完全に振り切れてしまったらしい。


 清々しいけど虚しくて、晴れやかなのに切なくて。上手く表現出来ないけれど、胸の辺りがとても気持ち悪い。


「これからどうしようかねぇ……剛史と春樹、それに理央にも迷惑かけるだろうし、萌花にも悪いことしたしなぁ。当分は埋め合わせに奔走するとしますかね」


 ゆっくりと席を立つ。


「──まさかこんなに呆気なく終わるとはな」


 ちくりとした痛みが胸の辺りに走る。気持ち悪くはないのに、口から何かが溢れそうになり、咄嗟に口を塞ぐ。


「はぁ……なんか甘い飲み物でも買いに行こ」


 俺は財布をポケットに投げ入れ、教室を出る。


 ミルクティーでも買おう。あの甘さならきっと喉につかえている何かを、胸に溜まった気持ち悪さを流し込める気がするから。



「そんなこと言わずにさぁ、見学だけでもしてってよ。皆も喜ぶと思うからさ」

「ちょっと顔を出すだけでも良いからさ。頼むよ〜」


 うわ……気まず……。


 部活の勧誘だろうか、一人の女子生徒にしつこく迫る二人の男子生徒の姿を目撃する。


 絡まれた生徒は可哀そうだけど、俺は今一人になりたい気分だか……ら……。


 ドクン。 


 心臓が大きく跳ねる。冷たくなっていた体が、どんどん熱を帯びていき、胸の辺りに溜まっていた何かが霧散していく。

 

「サッカー詳しくないので、すみません」

「俺達が1から教えるから大丈夫だって」

「ほら行こ?大丈夫だって、何にも怖くないから」

「いや、あの────」


 男子生徒が明らかに嫌がっている少女へと手を伸ばす。

 

 ドクンドクンと心臓が大きな音を立てる。


 世界に色が戻る。先ほどまで力が入らなかった身体から、力が湧き水の様に溢れてくる。


 諦めていた心に火が灯る。

 

「希咲良……!」


 嫌われていても良い。もう二度と希咲良の側に居られなくなっても良い。


 最後くらい、人生が終わるほど愛した人の役に立ちたい。


 最後くらい、好きな人の前でカッコつけたい。


 最後くらい、爪痕を残してからお別れしたい。


 それが好きな人に向けられる最後の愛情だから。


 それが好きな人のために出来る最後のアプローチだから。


 それが愛する幼馴染に出来る最高の復讐だから。


「2回の人生で好きになって、2回とも人生賭けたんだ。最後くらい、好き勝手にやって良いよな?」


 はは、何言ってんだこいつ。勝手に好きになって、自分のせいで嫌われたのに。


 ほんと、自分勝手な奴。


 自分に対する嘲笑を浮かべる。


 体はもう、勝手に動いていた。







ちはから

文章書くの難しすぎて頭が爆発します。

多分1、2話でちょっとシリアス?重め?なお話は終わりです!早く甘い話書きて〜^


フォロワー様が300人突破しました!

ウレシ……ウレシ……

ほんっとにありがとうございます。


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