18.44m
@reiesu03
第1話 プロローグ
「整列っ!」
鋭い号令が、夕方のグラウンドに響き渡った。
4月上旬、新学期が始まって間もない放課後。
甲子園常連校の名にふさわしく、今年も壮観な光景が広がっていた。三年生32名、二年生38名と大所帯だ。青いユニフォームの列が陽光を浴び、合計70名がまるで一枚の壁のようにそびえ立つ。
「今年は20人と少し少ないが、逸材も多い。二、三年は気を引き締めろ」
監督の言葉に、整列する選手たちの背筋がさらに伸びる。総勢90名。その中で夏の背番号を手にできるのは、わずか20名だけだ。
新入生たちが順に前へ進み、名前とポジションを告げていく。淡々とした自己紹介が続く中、ひときわ小柄な新入生が、堂々と一歩を踏み出した。
「江向中出身、菅野蓮です。ポジションは投手で一年ですが、先輩を蹴落として背番号「1」奪いますので、よろしくお願いします。」
瞬間、ざわめきが広がった。挑発と受け取る者、頼もしいと感じる者。いずれにせよ、この小柄な一年の名は、その場にいる全員の記憶に刻まれた。
顔合わせが終わると、すぐに班分けが告げられる。
当然、一年生は三軍スタート。甲子園出場とは無縁の場所だ。だが毎週行われる練習試合や紅白戦の結果次第で、昇格もあれば降格もある。一軍と三軍では、練習環境やコーチの付き方にまで歴然とした差があった。
「このチームには甘えん坊は要らん。チャンスは一瞬だ、自分で掴み取れ! いいな!」
「はい!!!」
監督の声がグラウンドに響き渡る。
龍谷高校野球部の教訓
「努力は一生、本番は一回、チャンスは一瞬」
この言葉が、選手たちの胸に重く刻まれていた。
「アップが終わったら、一軍は今からシートバッティング。二軍はノック及び連携プレーの確認。三軍は外周でひたすら走り込みだ!」
「はい!」
掛け声と同時に、部員たちがそれぞれの持ち場へ散っていく。
グラウンドのあちこちでスパイクが土を蹴り上げ、乾いた金属音が次々と響く。ボールの衝突音と掛け声が交じり合い、空気が熱を帯びていった。
三軍はグラウンドの外周に整列させられた。
「ダッシュ50本!1本走るごとに休憩は15秒だけだ!」
笛の音と同時に、一斉にスパイクが地面を蹴る。
序盤は声を張り上げながら走っていた部員たちも、30本を越えるころには足取りが重くなる。何人かは息が上がりすぎて膝に手をつき、その場で倒れ込む者もいた。
蓮も例外ではなかった。呼吸は荒く、汗が視界に滲む。足は鉛のように重くなり、踏み出すたびにふくらはぎが悲鳴を上げる。それでも、倒れそうな身体をなんとか前へ運び続けていた。
「おい、新入り。もう限界か?」
隣を走る二年の先輩が、わざとらしく笑みを浮かべて言う。
「この程度でバテてたら、背番号1なんて夢のまた夢だぞ」
蓮は横目で一瞬だけ先輩を見やり、息を整える暇もなく言い返した。
「……まだ、終わってません」
次の笛が鳴り、再び地面を蹴る音が響く。
背番号1への挑戦が、今幕を開けた。
「やめ!!」
19時監督の合図と共に初日の練習は終わった
爽快に練習を終えたもの、地獄を見たもの色々感情はあったが初日を終え、部員は各自の寮室へと戻った。
龍谷高校は完全寮制。部屋は二人一組で割り当てられ、食事や入浴時間も厳格に管理されている。
窓の外には、整然と整備された専用グラウンドとブルペンが広がっていた。
ここから三年間、勝者と敗者の汗と涙が毎日流れ続ける場所だ。
蓮のルームメイトは、同じく投手志望の同期だった。部屋に入るなり、にこやかに話しかけてきた。
「俺の名前は中村敦之! 改めてよろしくな!」
「いやぁ、お前すごいな! 自己紹介であそこまで言い切るやつ、なかなかおらんばい!」
中村は面白そうに笑った。
「ばい?」
「――あっ、悪い悪い。長崎弁たい。ほらこれ、やるよ」
そう言って中村が差し出したのは、龍踊りをモチーフにしたストラップだった。胸の部分には「質実剛健」の文字が刻まれている。
「うちの地元の“くんち”でくじ引いたら、同じのが二回当たってさ。余ってたから一つやる」
「……ありがとう」
手のひらに乗ったそれは、小さなはずなのに妙に存在感があった。祭りの熱気をそのまま閉じ込めたような重みが、不思議と心に残った。
そこへ、コンコンとノックの音が響く。
「おい、お前ら。まだ起きてたのかよ」
ドアが少し開き、顔をのぞかせたのは二年の先輩だった。練習でも、何度か声をかけてくれた人物だ
「先輩だって起きてるじゃないですか!」
中村がすかさず笑いながら返す。
「俺はパトロールだよ。消灯は23時だから遅れんな。違反が監督にバレたら――永遠の4軍送りになるって噂があるぞ」
「4軍なんてあるんですか?」
中村と蓮が同時に首をかしげると、先輩は肩をすくめた。
「さあな。信じるか信じないかはお前ら次第だ。俺が作ってもいいぞ? 罰としてカエルの着ぐるみ着てグラウンド走らせてもいいぞ!」
冗談交じりに言う先輩に、二人は思わず吹き出した。
「――そんな冗談はほどほどにして、明日の放課後もきついメニューになるだろうから、早く寝とけ」
そう言い残し、先輩はドアを閉めた。
部屋の灯りを落とすと、静寂が訪れる。
二人は「4軍って何だよ」と小声で笑い合いながら、眠りに落ちていった。
背番号1を懸けた三年間の戦いが、
期待とともに静かに始まった――。
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