第3話 初めてのスキル奪取

「三日以内に触れろ」――透明なボードは淡く光り、その文字を確かに刻んでいる。


ただし、問題がひとつ。


予告状を送った、ということは――相手も「何者からスキルを盗まれる可能性がある」と警戒しているはずだ。


顔を覚えられている奴隷が正面から近づけば、それだけで疑われる。最悪、処刑だってあり得る。


ユウトは薄暗い物置小屋に腰を下ろし、膝を抱えて思考を巡らせた。

――直接は無理。だとしたら、偶然を装うか、相手の視界外から触れるしかない。


レオン・フェルマーク。領主の嫡男。

日課は剣の素振りと弓の訓練、昼食後は中庭で友人や従者と遊び、夕方には屋敷の中で父親に読み書きを習っている。


昼の中庭は人目が多すぎる。夜は屋敷の私室にこもっているだろう。


「なら……朝だな。」


ユウトの脳裏に、使用人たちが忙しく動き回る光景が浮かんだ。


朝、レオンは訓練場へ向かう前に食堂を通る。その時、奴隷や下働きが皿を並べたり水差しを運んだりしている。あの混雑なら、一瞬触れることはできる。


しかし、それだけでは甘い。

予告状の存在を知っているなら、レオンは不用意に奴隷を近づけないだろう。


しかも、触れた瞬間にスキルが発動すれば、何らかの違和感が相手に残る可能性もある。


「……そうだ、背中だ。」


人間は、視界に入らない背後からの接触には鈍い。それに、触れるか触れないかの接触であれば、認識すらされない。


朝の食堂で、配膳の際にレオンの椅子の背後を通り、水差しを置くふりをしてそっと肩や背中に触れる――それなら自然だ。


だが、まだ不安は残る。

もしその瞬間、予告状の効果で相手が振り向いたら? 触れたところを目撃されたら?


ユウトはさらに思考を深めた。

――触れた瞬間に、別の刺激で注意を逸らせばいい。


例えば、別の奴隷に皿を落とさせる。音に気を取られている間に発動させれば、相手は接触を意識しない。


問題は協力者だ。奴隷仲間の多くは、生きるのに精一杯で余計なことをすれば激しい折檻を受ける危険を恐れる。


しかし、ユウトは記憶の中の日本での経験――人を動かすためには見返りが必要、という常識を思い出した。


夜、ユウトは同じ物置小屋で眠る年下の奴隷、痩せた少女に声をかけた。


「明日の朝、皿を持って食堂に入ったら、わざと落としてくれ。音が大きくなるように」


少女は怪訝そうに眉をひそめる。


「そんなことしたら……」

「大丈夫。俺が片づけるって言うから。お前は怒られない。」


さらに、彼は密かにポケットから小さな干し肉を取り出し、少女の手に握らせた。


「これ、俺の取り分だ。明日、やってくれたらやる。」


少女は干し肉を見つめ、しばし沈黙した後、小さくうなずいた。


翌朝。

食堂はいつも通り、パンとスープの香りに満ちていた。


奴隷や使用人たちが忙しく皿を運び、レオンは長椅子に腰かけて従者と笑っている。


(よし。表立って警戒をしている様子は無い。)


ユウトは水差しを手に、背後からゆっくり近づく。

同時に、少女が通路でわざと皿を手元から滑らせた。


―ガシャァァン…! 


甲高い破片の音が響く。

全員の視線がそちらに向いた、その一瞬――ユウトの指先がレオンの背中をかすめた。


《要件クリア――スキル【身体強化・初級】を獲得しました》


胸の奥で淡い光が弾け、透明なボードが再び現れた。


――バレなかった。


ユウトは水差しを置き、何事もなかったように立ち去った。初めての成功に静かに高揚感に浸った。


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