第2話 奴隷から【怪盗】へ

目を覚ました少年は、しばらく地面を見つめていた。額に触れると、鈍い痛みが走る。さっき殴られたばかりだ。


自分の名前は――いや、名前はなかった。


物心ついたときから、領主家の屋敷で奴隷として生まれ、使い捨ての労働力として生きてきた。まさに生まれながらの奴隷。


しかし今、その胸の奥にもうひとつの記憶が息づいている。〈高宮 悠人〉。三十余年を日本で生きた男の人生が、鮮やかに脳裏をよぎる。


――名前はどうしようか。


「ユウト……。俺は、ユウトだ」

呟いた瞬間、何かが体内で微かに光ったような感覚が走る。


そのときだった。

視界の前に、何もない空間から淡い光の板がすっと現れた。透き通った板の上には、奇妙な文字が並んでいる。


【ギフト:怪盗】

――と、その上部に刻まれていた。


視線を動かすと、文字が滑らかに変化する。


「予告状送付先」「盗む対象」「条件」……まるでゲームのメニュー画面のようだ。


心の中で視界の先にいる「領主の息子」と念じると、昨日までただの憎たらしい顔だった少年が、今度はボード上に映し出された。


【対象:レオン・フェルマーク(10)】

その下には、体力・魔力・敏捷といった項目、そして【スキル】欄にはいくつかの能力名が並んでいる。


――本当に、盗めるのか?


半信半疑のまま、スキル欄のひとつを選ぶ。


【身体強化・初級】――よく訓練された兵士であれば誰でも習得できる、ありふれたコモンスキル。


指先が何かの項目に触れた瞬間、ボードが淡く脈打ち、文字が切り替わった。


《対象者に予告状を届けました。三日以内に対象者に触れてください。》


――予告状? 本当に怪盗みたいだな。

ユウトは思わず口元を緩めた。


ボードの下部には、「難易度:低」と小さく表示されている。説明を読むと、盗むモノが希少であればあるほど、予告期限が短くなるらしい。


だが、今回は初級スキル。条件は「3日以内に対象に触れるだけ」。


……黙っていても、あちらから殴りにやって来る環境では、簡単すぎて拍子抜けするほどだ。


とはいえ、予告状が届いた後だから、警戒して日課の暴力は控えるかもしれない。そうなると話は変わる。


レオンは常に取り巻きに囲まれ、気まぐれに奴隷を殴るだけの退屈な日々を過ごしているが、コチラから手を伸ばせば即座に叱責や鞭が飛んでくるのが常だった。


ユウトは立ち上がり、服についた埃を払った。


体はまだ十歳の子供、力も腕力もない。


だが――心には三十余年分の知恵と度胸、そして【怪盗】という新たな牙がある。


「三日以内、か……。だったら、すぐに試させてもらおうかな。」


声に出すと、不思議と胸の奥が熱を帯びた。


ユウトは、透明なボードを最後にもう一度見た。


そこには、確かにこう記されていた。


――予告状、送付済み。

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