第3話


 女たちは店を買い占める勢いで長安ちょうあんの装飾品店を荒らし回っていた。


 見目はいいのだが、どう考えても王宮関係者じゃないと分かる粗野な言動の、不思議な集団である。

 やたら賑やかで華やいでいるので、街の人々も気にして中の様子を見ている。


「なに見てんのよ。見世物じゃ無いのよあたしたちは!」


 時折見物客にそう怒鳴りながらも、華やかな長安の長裙ちょうくんや装飾品を互いに付け合っては似合うだの、似合わないだの、きゃっきゃと楽しんでいた。



 また随分変な女たちを連れてるのねえ。



 遠くからでも聞こえてくるかしましい笑い声や気配に若干呆れながらも、張春華ちょうしゅんかは「通して」と人垣を割りながら、店の中へとやって来た。


 帯の色を選んでいる女がいた。


「その長裙ちょうくんならこの色が似合うわ」


 適当なものを差し出せば、鏡を見ながら話していた女が振り返った。


「あら。なによあんたいきなり」

「なに見てんのよブス。私たちを眺めていいのはいい男だけよ。引っ込んでな」


 江東こうとうには荒くれ者が多いと聞いていたが、本当である。

 張春華は生憎、荒くれ者など全く怖くなかった。


「貴方がた【干将莫耶かんしょうばくや】の行方を探してる方達では?」


「何も探してないわよ。これから私たちは王宮に乗り込んで曹操そうそうとかいう親玉のツラを拝んでやるのよ。忙しいんだから、小娘は向こう行って父ちゃんとでも遊んでなさいよ」


夏侯惇かこうとんやら夏侯淵かこうえんやら何人いんのよこの国夏侯かこうが。どの夏侯が一番男前で権力持ってんのよ」

「それは当然曹操の側にいる夏侯が一番の夏侯に決まってんじゃない」


司馬懿しばいとかいう奴は兄弟八人いて『八達はったつ』とか呼ばれてるらしいわよ。祖鑑そがん様が言ってた」

「何人いんのよ司馬も! 男ともあろう者がゾロゾロ群れて現れて鬱陶しいわね!

 男なら一人で勝負しなさいよ!」

「司馬家の連中も男前順に並ばせるべきね」


「司馬懿は結局涼州に行ったんじゃなかったっけ?」


「どうだっかな。あっちいったりこっちいったりしたからもう忘れちゃったわよ」

「司馬懿は祖鑑そがん様が狙ってる女でしょ?」

「そうなの?」

「そうよ。いい? 私たちが先に見つけてそんな女殺しておくわよ」

「ちょっと待って。そもそも私たちそのナントカ莫耶ばくやとかいう女を最初探していたような気がするんだけど……」


 張春華ちょうしゅんかがついに耐えきれなくなって吹き出し、大笑いした。


「なに笑ってんのよ長安のブス」

「長安のブスは父親が有力な武器商なので、司馬懿のことも【干将莫耶かんしょうばくや】のこともよく知ってますわよ。

 貴方がたの主……祖鑑そがんとかいうお人なのね?

 その方に会わせて下さらない?

 ちなみに、司馬仲達しばちゅうたつは男。

 そうね。顔だけで言ったら『八達はったつ』の中では上位の方よ。

 でも性格は底辺。

 けど才能は一番ね。

【干将莫耶】はこの世に伝わる宝剣の一つ。

 正確な行方を私は知ってるわ。

 話を聞きたいなら、明日、ここへその祖鑑って人を寄越して下さる?

 面白い話を聞かせてあげるわ」



 返事を待たず布に描いた地図をそこに置くと、張春華ちょうしゅんかは明るく笑いながら、慌てて列を裂いて彼女を通す人だかりを通り過ぎ、待っていた馬に乗って華麗に身を翻した。



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