パパ上様日記 ~この愛は、途切れることはあるだろうか~

ともはっと

私の好きなもの


「なあ、知ってるか? 三国志」


「おぅ。いきなり何を話し始めるかと思ったけど、三国志好きよね、あんたは」


 ある日の真夜中。

 いきなりという言葉がまさにぴったり似合う一言を発したわたしくこと、パパ上。


 そう。

 私は、妻のボナンザが言う通り、三国志が好きである。


「今思ったら、私、三国志ってあまり詳しくないかも。なんだかんだであんたが三国無双やってるから武将の名前を知ってるだけで、どんな話なのかって知らないのよね。シミュレーションRPGで中間管理職やってるあんたをみて、会社でも家でも中間管理職やっててなにが面白いのかと思ってたわ」


 そう言うとボナンザは、私に向かって手のひらを見せる。

 その手の平には何も書いていない。

 だけどもその手の平が何を意味しているのか、私には分かった。

 そう。手の平にはきっと、『火』と書いてあるに違いない。赤壁の攻略法として諸葛(亮)孔明と周(瑜)公瑾が互いの策を見せ合うシーンだ。

 これを知ってる時点で、三国無双ファンとしてはかなり古いものであるのだが、まあ、そこは置いておこう。


 というか、そんなシーン、あったか……?


「ほう? つまりは、この私に、三国志について、聞きたい、と」


「いややめておく」

「なぜだ」

「長そう」

「長いな」


「簡潔に言うなら?」


「三つ――蜀漢、曹魏、孫呉の三国がそれぞれ天下統一のために動いた結果、蜀漢が曹魏に負けて曹魏が西晋に代わって西晋が孫呉を倒して天下統一する」


「三国のどれかが天下統一してないっ!」


「んだ。三国志ってのは、三国志演義と三国志の二つを混ぜ合わせた話だ。三国志は陳寿って蜀の官僚が作った史実書を元にした歴史書のこと。それを羅貫中って作家が娯楽として作った三国志演義。こっちが世間的に知られている話だな」


「? 二つあるってこと? ああ。ダメだ。このままだと話を聞いてしまう」


 うわぁぁぁと頭を抱える姿が面白い。思わずくすっと、顔の整った男がやれば絵になる笑い方をしてしまう。もっとも、私は顔が整っているわけでもないのでやったところで絵にはならんのだが。


「聞いたら楽になれるぞ」


 私は、そんなボナンザに悪魔のように囁く。耳元で囁けば顔の整った男であればさも絵になるだろう。もちろん私は顔が――(略


「ここで終わるのも気になって仕方ない。聞こうではないか」


「そうか。まあ、三国志はさっき言った通りだ。群雄割拠の三国時代が、黄巾の乱による大きな流れに流れて三国にまとまり争う争乱を描いた話だ。で、俺が思うに、三国志ってのは、本当は四国志って話だな」


「一つ国が増えたっ!? 晋を合わせてってこと?」


「いや違う。晋は魏から変わった国だから。曹(操)孟徳が国を作り、息子の曹(丕)子桓が継いで魏とし、司馬(懿)仲達が受け継ぎ曹家の曹芳を廃して司馬(師)子元と司馬(昭)子上が蜀漢を滅ぼしその子の司馬(安世)炎が晋の国を作ったって話だから。魏から派生した国でもある。それを一国と考えるなら五国志だな。この辺りはお前のほうが詳しいだろ?」


「あー。中国史は得意。だけどそんな深いところに行こうとしないから」


 ボナンザは中国史ではなく、日本以外の海外の歴史が好きである。息子のセバスの受験の時に、セバスの教科書を見て火が点いて最初から歴史を学び直すほどには好きなのである。だからこそ、こういう話をすると興味を持つ。


「さらっと言うと、三国志演義は、曹魏の曹(操)孟徳を悪として、蜀漢を作った劉(備)玄徳の義の生き様を描いた話だ。劉(備)玄徳の周りに集まる優秀な人材と、彼の人徳に惹かれた仲間達が巨悪に立ち向かうヒーロー善とした話だな。三国志は逆に、いかに曹孟徳が優秀であったか、曹魏を主軸として書かれた歴史書になる。ここで面白いのが、作者の陳寿は元々蜀に属していたのに、曹魏を正として書いていることだな。それだけ曹(操)孟徳が優秀であったということでもあるのかもしれん。まあ、正しくは、史書として書かれているから公平さを持たせたということなのかもしれん」


「へぇ……曹(操)孟徳って三国無双でも悪者みたいな扱いだよね」


「やってること酷いこともあるしね。逸話の中に快く迎えてくれた親族の治める村に立ち寄った際に、もてなそうとしてくれている彼らが自分を殺そうとしていると勘違いして全員皆殺しにしたって逸話もあることから曹(操)孟徳は善の人とは言えないわな。とはいえ、あの時代は人の死は軽い。もっともな悪として描かれるのは、曹(操)孟徳ではなく、董(卓)仲穎だけども。董(卓)仲穎もよくよく調べていくと、統治そのものはしっかりしていたというからまた面白い。阿斗っていう暗君の代名詞の劉(禅)公嗣も暗君ではないと言われて今は再評価もされているしね。見る人によっては違う見方にもなるんだろう」


「ふーん。……あ、じゃあ、三国志じゃないってのは?」


「うん?……ああ。実は、三国鼎立してる頃からずっとそうなんだけど、実はずっとあるんだよ」


「何が?」


「右上に。国が。曹魏に従属している国として、公孫の国――公孫度の国がな。つまり、三国のどの国が天下をとるのかって話をしてるとき、右上にはこっそりもう一つ国があったって話。だから実はずっと四国志なんだよ、と俺は言いたかったわけだ」


「え。なにそいつ」


「公孫(瓚)伯珪ってのは白馬義従は有名なんだけども、それに連なるわけではない別の公孫一族の国だな。ぽっと出てきて三国志の歴史の中でひっそりと生きてるんだよ」


「へぇ……そんなのいるんだ。公孫(瓚)伯珪ってのも知らないけども」


「まー。袁(紹)本初とかとの戦いを知らないと知らないだろうな。一応公孫(瓚)伯珪は劉(備)玄徳と関係は深いんだけどな」


「ふーん。というか、三国志は人が多くてわからんっ!」


「桃園の誓いで有名な劉(備)玄徳は、三兄弟じゃなくて四兄弟だったって話もしていくのも面白いぞ」


「というか、なんで急にそれ言いたくなった?」


「……三国志のシミュレーションRPGやってて、三国鼎立状態の公孫度の息子の公孫康が治める一国からスタートしたら、めちゃくちゃ難易度高かったから絶望した」


「なるほど」


 凄いんだ。

 有力武将は悉く三国に集中していて、いるのは数名の配下。それも中途半端な能力をもった武将だけ。そもそも公孫康自体もそこまで強いステータスでもない。切り崩そうにも攻められる国は曹魏だけ。そこにも警戒のためか有力武将や何倍もの兵力があってどう切り崩せばいいのかさえ分からない。時間をかけてじっくり攻めようにもすぐに曹魏が攻めてくる。なぜこんなところから始めようとしたのか。信長の野望で富山城からスタートすることくらい難しい。上は上杉、下は石山本願寺(一向一揆衆)、長野近くは武田の領地。今でいう福井辺りを攻めたら今度はそこに追加で織田と斉藤が包囲に加わる鬼畜仕様。アドレナリンどっばどばで最高だぜ。


 難易度普通までならどうとでもなるけど、難しいとかでやったらクリアする自信がない。そんなとこに絶望したっ!

 だから語りたくなった。(エディット武将配属させれば余裕で勝てるけど)


「奥が深いというか、それをこうやってさらっと伝えられることが好きだって証拠だね」


「そうだなぁ……そうでありたい」




 まあ、それよりも好きなのは、なんだかんだでこうやってしっかりと話を聞いてくれる、我が妻のボナンザなんだけどな。


 ボナンザの言うように、好きなら語れるというのなら、ボナンザを語れるかと言われるとまた難しい。そんなことが悩みどころだ。


 だけどまあ。

 語らんでも、傍にいるんだから、ま、いっか。



「まあ、それでな――」



 ――そう思いながら、私は三国志について、ボナンザにより深く知ってもらおうと話をする。









 結果、二時間に渡る壮大な説明になったわけだが。それもまた、どちらも愛しているが故の、愛の為せる業なのであろう。

























「ちなみに羅貫中って作者な。三国志と水滸伝の作者とも言われているぞ」


「四大奇書のうち二つ書いてるじゃん!」



 うん。四大奇書って言葉が出てくる時点で、お前も大概だぞ?

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