第5話 オコゼ

 今が夢なら、どれほど良かっただろう。先程まで笑っていた人が目の前で串刺しになっている。

 巨大な針が紗代香さんの体を貫き、口からその先端が覗いている。まるで、過去の処刑法である串刺し刑の様に。


 死んでいる。そんなことは明らかだった。


「さ、紗代香さん…?」


 紗代香さんに触れる。すると、突き刺さっていた針が一気に抜かれ、ドチャッ!という音を立て、死体が倒れ込む。その音が僕の恐怖心をさらに掻き立てる。


「な、んで…」


 困惑。そう、困惑した。廃魚討伐のプロがこんなにあっさり死んでしまうだなんて。


 ふと、下の階に目を向ける。


 居る。


 背中に大量の針が生えたオコゼの様な廃魚が、じっとこちらを見つめている。


 恐怖で動けずにいると、地面にわずかな振動を感じた。


「……ッ!」


 反射的に飛び退く。案の定、地面からは紗代香さんを貫いた針が飛び出してきた。体こそ無事だったが、千衣子さんから支給された銃は真っ二つになり、壊れてしまった。

 これで一番危険度が低い?冗談じゃない!もしそうなら、僕はどうしたらいいんだ。


 もう無理だ。勝てるわけがない。そうだ、逃げてしまおう。逃げればいいんだ。そうすれば全て解決する。きっと次の人が倒してくれる。


 本当にそうか?


 僕が逃げたら、また違う人が派遣される。もしそれでまた誰か死んだら、僕のせいじゃないと言えるのか。いや、そうなれば僕は一生僕自身を責め続けるだろう。


 気づけば僕は紗代香さんのクロスボウを手に取っていた。脳が警告音を出す。逃げろ。そう言い続ける。だが……


「今逃げたら、きっと後悔する」


 そんな気がした。


 おそらく下の階はあのオニオコゼのテリトリーだ。下手に降りるのは得策ではない。なら、上から隙を窺うのが良いだろう。

 オニオコゼも僕が戦闘体制に入ったことに気づいたのか攻撃を繰り出す。針が出てくるスパンが短い。これじゃあ隙を窺うことができない。


「何とか一発だけでもっ!」


 そう思い、クロスボウを発射しても針に防がれてしまう。


「グッ!」


 針が左腕を掠る。その瞬間、腕はみるみるうちに腫れ上がり、激痛が走る。


「ヴッ!オェッ」


 吐き気に襲われ、血の混じった黄色い液体を吐き出す。恐らく、千衣子さんが言っていた毒だろう。

 長期戦は危険だ。全身に毒が回る前に方をつけなければ。


 ……怖い。このまま死ぬのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。だが僕はその恐怖を無理矢理飲み込んだ。まだ大丈夫だと、自分に言い聞かせた。


 しっかり観察しろ。そうすればきっと勝ち筋は見えてくる。攻撃パターン、微細な動きも見逃さないように。ちゃんと見るんだ、ちゃんと…、あれ?


「こいつ、動いてない?」


 目の前のオニオコゼは一番最初に僕が目にした時からほとんど動いていない。動いてはいるのだが、本当に微妙にしか動いていない。まるで岩の様に固まっている。


「行くしかない」


 僕はそう決意した。


 本当は怖い。逃げ出したい。でも、そんな甘ったれたことを言っていたら、僕は一生逃げ癖がついたままになってしまう。そんなの、嫌だ。


「うおぉぉぉ!!!」


 僕はオニオコゼに向かって一直線に走っていく。途中で出てきた針を動力源にして空高く飛び上がる。二階から一階のオニオコゼを仕留めるには十分な高さだ。

 

 クロスボウを腫れた左手で支え、右手で構える。照準はクロスボウが勝手に合わせてくれる。地面から無数に仕掛けられる攻撃。僕はそれよりも早くオニオコゼを、


 撃った


 その一撃でオニオコゼは息絶えた様で針の攻撃は体に当たる寸前で止まっていた。


 ……助かった。正直勝てるかは賭けだった。クロスボウを撃つタイミングが少しでも遅ければきっと、紗代香さんと同じになっていただろう。


「そうだ、死体、回収しないと……」


 重たい足を引きずり、階段を上る。倒れ込んだままの紗代香さんに触れる。冷たい。死後硬直が始まっており、体がゴムの様に固まっていた。


 紗代香さんの遺体を担ぎ、階段を下る。また、廃魚の死体の近くまで行く。紗代香さんを担いだまま、廃魚の死体に触れる。

 死体の回収、千衣子さんが言っていたことだ。あの時深く聞けなかった死体を持ち帰るというのはこのことを言っていたのだろう。


 支給された石を強く握りしめる。途端に光が広がる。だが、僕はその光が収まる前に意識を手放した。

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