第40話 カエルの腕輪

 夕方になる少し前、儂の寝室にて。


——魔王様、このまま真直ぐでよろしいですか?

——うむ。進めるだけ進んでみてくれ。


 儂はムールの念話を受けながら、ムールの視界を眺めておった。使い魔契約によって成せる、感覚共有じゃ。

 使い魔とその主は互いの思念の他に互いの感覚を伝えることができる、のじゃが、その精度や届く距離は、使い魔が持つ魔力への適合性の高さによって変わる。そこで、どの程度伝わるかの確認も含め、ムールには西の森のほうへと飛んで行ってもらっておるのじゃ。

 その精度はかなり良好。距離も、この距離で全く途切れぬか、という距離まで届いておる。今の数倍の距離は余裕でいけそうじゃ。ムールの魔力への適合性はかなりのものなのじゃろう。

 そしてムールの視界から届く街の様子は、儂にとっては新鮮なものじゃった。何本も走る街道は綺麗に整備され、街にも賑わいが……まあ今は時間が時間じゃから店じまいの支度をしておる者も多いが、それでも賑わっておる。


 領内が豊かであることは書物で知っておったが、それでも実際に見てみると、見事なものじゃ。

 と、儂がムールのことにも領のことにも感心しておると……


——あ、ムール、ちょっと右のほう見てちょうだい。

——こちらですか? リサ様。

——そうそう、その兵士たち。


 念話に、リサが割り込んできた。

 リサが。

 そしてそのリサの手首には腕輪が嵌り、儂の手首にも、一部が違うだけでほぼ同じ造りの腕輪が嵌っておる。まあ儂のほうのは、ぶかぶかじゃが。


 朝、と言うても朝食からしばらく経ち、ムールの名前が決まった後、そういえば念話の共有がどうとか言ってたわね、とリサが言い、そうなのじゃ良い術式を作れればいいのじゃが、と儂が言い、それならちょっと試してみたいものがあるわとリサが言い、また話しましょうと言って、その言葉通り昼下がりにリサが儂の寝室に持って来たのが、この一対の腕輪じゃった。

 どちらの腕輪にもカエルの意匠があり、片方は口を大きく開け、もう片方は閉じておる。

 リサが言うには、この腕輪、装着者2人が組になって使う物で、口を開けたほうを装着した者が望むと、自身の身に生じておる魔術や魔法の効果と同様のものを、口を閉じたほうを装着した者にも発生させることができるのじゃという。

 じゃから、身体強化の魔術を使えば、1人に掛けて2人に掛けたのと同じ効果を生むことができる。呪詛を受けた際に使えば自分の状況を仲間に伝えることができる。便利な魔道具じゃ。

 ……ひまわりの杖と言い、この家、なんでこういう物があるんじゃろう?


 ともあれ、この魔道具を、儂が口を開いたほう、リサが閉じたほう、で試してみたところ、念話と感覚共有の効果がリサにも及ぶことになった、らしい。

 ……まあ、及んでおるのじゃろう。実際、念話に加わっておるのじゃから。

 で、それはともかくとして……


「リ、おかあ様、此奴らは何じゃ? か、片方の紋章はゼルペリオで……もう片方はれ、レイボルト、か?」

「あら、よく分かったわねシンディ。そのレイボルトの兵隊よ。あいつら、本当に来たのね」

「こ、此奴らが……」


 リサがムールに注目させたのは、街道を進む兵士の集団じゃった。以前見た書物に各貴族家の紋章も示されておった故にレイボルトと分かったのじゃが、それはともかく、何じゃろう。妙にくたびれておるというか、攻め込んできた軍勢にしては、随分とだらけておる。

 まあ、敵方じゃから、そこはむしろ安心すべきことなのじゃが。


「むぅ」


 そして、兵隊、という言葉にネイシャが反応した。

 この腕輪、一対しかないゆえ、リサが使っておる間はネイシャは感覚共有に加われぬのじゃ。


「ネイシャ、あなたも見てみる?」

「あ、い、いえ結構です。そのまま、リサ様がお使いください。そのまま」


 じゃというのに、ネイシャは今、腕輪を使うのを遠慮しておる。

 まあ、理由は分かる。


「そう? それにしても便利ね、感覚共有って。シンディ、これからも時々、使わせてもらえる?」

「う、うむ。リ、おかあ様が良ければ、い、いつでも良いぞ」


 そしてリサは真剣な顔で感心しておる。

 ……頭に、ひまわりを生やして。


 昼食後、得意顔で腕輪を持って来たリサから説明を聞き、嵌め、使い魔契約の効果をリサにも及ぼそうと念じてみたところ、得意顔のリサの頭に、何故かひまわりが生えたのじゃ。

 触ってもすり抜ける幻影じゃから、本人には感触がないのじゃろう。

 ネイシャは、リサのその姿を、リサの後ろ側から見ておった。そして目を丸くしたのじゃが、黙っておるようにと儂が目配せをすると無言で頷き、壁のほうを向いて震え、やがて、寝室にある鏡をさり気なく伏せて回った。

 じゃから、リサはまだ自分の頭の状況に気付いておらぬ。気付かぬままに、この感覚共有があればこれができる、あれができる、と思案をめぐらしておる。

 真顔で。

 何故か、「くわー」という鳴き声が、ムールとの感覚共有から聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

7歳からの魔王道 小戸エビス @odoebis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ