第39話 森の手前のギルドにて

 ゼルペリオ領の西の端。さらに西に広がる大森林には数多くの魔物が棲み、その魔物たちが人間の領域に侵入してくる唯一の経路が、この場所である。

 その、いわば防衛上の要所と言うべき場所に、一棟の大きな建物があった。魔物の討伐を担う冒険者たちが集まる、冒険者ギルド。防衛の要所に相応しい堅牢な石造りの建物であり、入ってすぐの大広間には冒険者への仕事の貼り出す掲示板や仲介を行う受付、狩りで得られた素材の買取所、憩いの場となる酒場など、この地で働く冒険者にとって必要な施設が設けられている。

 とはいえ、今は収益になる魔物の少ない時期。所属冒険者の多くは休暇に入っており、この大広間にも普段のような喧騒はない。


 その閑散とした大広間に、軽装鎧に身を包んだ、初老と呼ぶにはまだ早い男が現れた。

 リサのかつての冒険者仲間、ガストルである。


「ようハンナ、久しぶりだな」

「ガストルさん! お待ちしてました!」


 ゼルペリオ領での活動歴も長かったガストルには、このギルド内にも知り合いが多い。受付嬢のハンナもその一人だった。しかも、近々ギルドを訪れるということは、前もって知らせていたのである。ゼルペリオの屋敷を訪れたときのように。


「久しぶりって、もう何年ぶりですか!? あ、すぐにマスター呼んで来ますね」

「ああ、頼む」


 そしてガストルは今、王宮の士官。その立場からゼルペリオ辺境伯家をめぐる誘拐事件について調べている。誘拐されたのは当主と時期当主、さらに当主の孫2人。そして実行犯と思しきは隣接領を治めるレイボルト子爵。

 事件の構図を見れば、かなり深刻な話である。

 そこでガストルは、ハンナに見せた明るい表情から一転、これまでに得ている情報を整理することにした。酒場の椅子に座り、ギルドマスターを待ちながら。

 そして、情報を整理しようとした自分の判断を、後悔することになる。


 この事件、そもそも王都にいたガストルが知ることになったきっかけは、レイボルトの人間が突然ゼルペリオの屋敷を訪れて家人が誘拐されただろうと喚き、追い返されたことにあった。そしてその情報がガストルのところに届くのとほぼ同時に、王都に住むゼルペリオ家嫡男ロイドの失踪が明らかになった。

 ゼルペリオからの情報は伝達の早い冒険者ギルドの情報網を経由したもの、とはいえ、辺境であるゼルペリオ領から王都に届くまでにはそれなりの時間がかかる。にもかかわらず、その情報の到達がロイドの失踪とほぼ同時。ゼルペリオの屋敷に現れたというレイボルトの人間は、誘拐が実行される何日も前に、誘拐の事実を告げていたことになる。

 この時点でもう自分たちが犯人だと自白しているようなものなのだが、ガストルが王宮での仕事に都合をつけて調査に向かってみると、レイボルト領からゼルペリオ領へと移るところでレイボルト家の使用人であるケインと同行することになった。そしてケインの口から、レイボルト家の兵士長オージンのことや、そのオージンが兵隊を派遣してゼルペリオ領の西の森に居座る計画であることを聞かされた。

 聞いてもいないのに。むしろ喋って大丈夫かと止めもしたのに。

 しかも、ケインと別れて別の街道を進み、領主の屋敷を訪れてみると、現当主を含め家人が4人も誘拐されたというのに、家の者は落ち着き払っていた。年若いメイドが悲しむのでできる限り解放を急ぐけどそうでなければ一年くらいこのままでも別に構わない、という様子だった。おいリサお前の旦那と息子2人と義父が捕まってるんだぞ心配じゃないのかという言葉が喉から出かかったものの、そういえばリサはこういう奴だったし旦那になったあいつも修羅場には慣れっこだったから案外こんなものかもしれないなと思い直した。そして逆に、あれこの事件わざわざ俺が王宮に話付けて調べに来なくても勝手に解決するものだったんじゃないかと不安になった。

 思い返すだに、酷い展開だった。


 ……いや。

 ガストルはテーブルに伏したまま、悪い方向に進んでゆく思考を立て直した。自分がここに来た意味はちゃんとあるはずだ、と。

 この事件、内容はどうであれ、子爵家が辺境伯家に喧嘩を売っている。ならば、自分が予想もしていない何かがあるはず。そうだ、きっとレイボルトの軍勢は、子爵家の規模には見合わないほどの実力を備えているに違いない、その秘密を探らなければ、と。

 ケインは兵士長のことを悪しざまに言っていたが、それも実力を低く見せて他家を欺くための策略かもしれない、と。


 ガストルは知らなかった。レイボルトの規律は昨夜の豪遊によって乱れ、それが行軍速度に影響し、一つ手前の街で「今日はもう休もうか」などという話が持ち上がり、監視するゼルペリオ兵からあとほんの少しじゃないかと励まされ、それもそうだなと言いながらこの場所に向かっているということを。

 そして夕暮れ、疲れ切った様子で現れたレイボルトの兵士たちを見て、静かに落胆するのだった。

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