第38話 ムール

 あなたが世話するのよ、と、リサは言うた。

 世話。


「せわ……」

「何よシンディ。まさかあなた、私に押し付けるつもり? ちゃんと責任もって世話しなさい」

「いやまあ、それはもちろんじゃが」


 何じゃろう、この、何か釈然としない構図は。


——大丈夫です魔王様! 自分、必要な食料を自力で獲ることもできます!

「う、うむ」


 まあ、そうなのじゃが。使い魔は普通、そういうものなのじゃが。


「シンディ?」

「ちなみにお主、何を食うのじゃ?」

——はっ。ここしばらくは虫を食べておりましたが、昔の群れにいた経験で、大抵のものは食べられます!

「昔の?」


 昔の群れ。どういう……ああ、そう言えば、ケイブスワローの姿は擬態じゃった。

 此奴、一体何の魔物なのじゃろう?


「お主、前の群れにいた頃は、何をしていたのじゃ?」

——はっ。人間たちは自分たちのことを、カラス、と呼んでいました。

「カラス?」

「……シンディ?」

「ま、魔王様……?」


 ケイブスワローの前がカラス。じゃが、此奴がカラスでないのは明白じゃ。種類は分からぬが、魔物なのじゃから。

 となると……ん?

 何じゃ? リサとネイシャが不思議そうな顔をして儂を眺めておる。


「何か、あったかのう?」

「何かって……」

「魔王様、今、誰かと話していませんでしたか……?」

「それは……あ」


 そうじゃった。魔物からの念話はリサにもネイシャにも聞こえておらぬはずじゃ。ネイシャは……儂が使い魔と意思疎通できることは前世のナジャースタじゃった頃に知っていたはずじゃが、あの頃のは言葉を使うものではなかったからのう。

 儂は2人に、使い魔契約を介して念話ができるということと、今この魔物が言っておったことを伝えた。

 すると。


「カラス、ねえ。じゃあ、厨房から野菜か何か持ってきたら、食べられるのかしら?」

——おお、ありがとうございますリサ様! 実はもう、お腹がぺこぺこで。はぁっ!


 こんな会話になり。

 魔物が翼を広げて上に向くと、全身がむくむくと膨れ上がり、羽毛の白い部分が黒くなって、濡れたような艶が広がり、やがて完全なカラスの姿になった。

 そして再び直立不動になり、リサをキリッと見つめた。頭にひまわりを生やしたままで。


——この通り、昔の姿に戻れば、昔食べていたものを食べられます!

「おお、凄いわねえ」

「凄いですね……私はこの能力に騙されたんですね……」

——すぐに頂けるとは幸運でした! 実は、すぐに食料を見つけられるか、不安だったのです!

「姿を変える鳥型の魔物。聞いたことはあったけど、本当にいたのね。モックフェザー、だったかしら」

「私も見るのは初めてですね。前世でも見たことはなかったです」


 そしてこう、会話が噛み合っておらぬ。


「いやあの2人とも、感心しておるところを悪いのじゃが、此奴、厨房から何か持って来てもらえると期待しておるぞ? リ、おかあ様のさっきの一言で」


 え、という顔のリサ。

 魔物はと言うと、爛々とした目でリサを見つめておる。ひまわりをゆらゆら揺らしながら。

 リサは、「何よ。結局私が世話をしなきゃいけなくなるんじゃない」と言いながら、厨房へ向かって行った。


「……念話は便利じゃが、聞こえぬのは不便じゃな」

「そうですね、魔王様……」


 じゃから、リサを待つ間、念話を共有できるようにする術式を作れぬかと考えておったのじゃが……


「いやシンディ、この子に名前つけてあげるほうが先でしょう」


 戻ってきたリサにそう言われ、儂とネイシャは頭を悩ませることになるのじゃった。



 して。


「ひまわりが生えた鳥だから、ひまバード、でいかがでしょうか?」

——畏れながらネイシャ様、それは個体の名前なのでしょうか?

「却下。名前っぽくない」


 名前を頂けるんですかと喜んでおきつつ、リサがミカンを見せたらそちらに食いつきおった魔物と、そのミカンをついばむ魔物の背中を撫でるリサ。

 そのリサに、ネイシャが出した案は却下された。


「モックフェザーじゃからモフ、かのう?」

——畏れながら魔王様、自分にはモフモフの毛並みはありませんが……

「却下。獣っぽい」


 そして儂の案も却下された。魔物の念話、リサには聞こえておらぬはずじゃよな?

 いやそれ以前に、なんでリサが判断しておるのじゃろうか。まあ良いが。

 魔物はミカンを食い終え、キリッとした顔で顎の下をリサに撫でられ、さらに頭の上も撫でられ……あ、リサの指がひまわりをすり抜けた。なるほどこのひまわりは幻影なのじゃな。ゆらゆらとした揺れを再現する幻影とはなかなかに高度な……

 と、いかんいかん。今は名前じゃな。リサが納得する名前。ならば、長兄のロイドや次兄のラセル、儂の本名シンシアのように、普通の感じのものじゃろう。普通の。

 普通。

 案外難しいのう。むう。むうう……


「ムール」

「お、良いわねシンディ。それ採用」

——素晴らしい! 魔王様、ありがとうございます!


 こうしてリサの監督の下、魔物の名前が決まったのじゃった。

 リサの監督の下で。リサの……あれ?

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