第28話 母娘みずいらず・前編

「では魔……シンディ様、行ってきます。リサ様、シンディ様のことをお願いします」

「あ、うん。任されたわ」


 またまた朝食を終えた、いつもの朝。儂らはいつも通り儂の寝室、ではのうて、屋敷の門の前におった。今日はネイシャが使い魔候補を捕まえに行くので、その見送りじゃ。

 母親であるリサが娘の世話をお願いされるという謎の構図がそこにあった。

 じゃがともかく、準備は万端。外出の口実も用意した。普段と違って動きやすい恰好のネイシャは、軽く足首を回し……


 バシュンッ!


 その場から掻き消えるような速さで走り去って行った。


「……シンディ、今の、誰にも見られていないわよね?」

「そ、そうじゃと思う……」


 周囲を見回す儂とリサ。門柱に隠れて屋敷からは見えない位置……じゃと良いのじゃが。

 ちなみにネイシャの遠出の口実は、誘拐騒ぎで外出の危ういリサの代わりに、世間に顔を知られておらぬネイシャが、遠くの街の者に注文しておった品を受け取りに行く、というものじゃった。

 じゃが、これでは帰りが早すぎて不自然にならぬかのほうが心配じゃ。何か言い訳を考えておくか。

 まあ、それはそれとして……



「ぐぬぬぬぬぬ……ほあっ!」

「精が出るわねえ。ずずっ」


 儂にはまだまだ魔術の訓練が必要。回転数を減らす技術が必要。故に儂は寝室に戻り練習することにしたのじゃ。癒しの魔術を自身に掛けて。筋肉痛も防げて、一石二鳥じゃ。

 じゃが、午後まで訓練しても、やはり2回転が限界。

 1回転半まで減らすと発動が安定せぬ。大気の魔力が固く、練り合わせるのに勢いが必要。そんな感じがあるのじゃ。まだまだ精進が足りぬ。

 何か、工夫できるところは……そうじゃ。


「リ、おかあ様」

「うん?」

「儂の魔術を見て、何か気付くことはなかったか?」

「気付くこと?」

「何かこう、他と違っておるところとか、変なところとか。何でもよいのじゃ」


 この手があった。儂が知らずのうちに、何か悪い癖がついてしまっておるのやも知れぬ。リサがどこまで魔術に通じておるのかは分からぬが、仮に素人じゃとしても意見が参考になることはある。

 何でもよいのじゃ。心の中でそう繰り返し、リサをじっと見る。すると……


「変って、変なところだらけでしかないんだけど」


 ま、まあ、それはそうじゃ。


「あ、でもシンディ。仏頂面でぐぬぐぬ言ってるのは何か意味あるの? 私が昔組んでた魔術師に、憎たらしいくらいの笑顔を作って魔術使う人いたわよ。そのほうが無駄な力が抜けてやりやすくなる、って」


 ……笑顔。

 本当か? そんなことで本当に魔術が使いやすく……?

 い、いや、じゃが確かに、今まで考えたことのない要素じゃ。案外、的を得ておるのやも知れぬ。よし、ものは試しじゃ。

 そうじゃな、せっかくリサが教えてくれたのじゃから、今度は癒しの魔術をリサに掛けることにして試してみるか。まずは目標の無回転で、腕だけで杖を振ることにして……


「こう、かのう?」

「ぷっ! いい、いいシンディ、その顔、最高」

「よ、よしこのまま行くぞ。笑顔のまんまでにこりんぱ、と……それっ!」

 

 何か釈然とせぬが練習のためじゃ。儂は表情だけは保ったまま杖を振った。すると。


 ずももももも……


「え、な、何じゃ?」


 大気の魔力が異常に集まり、というより杖が異様にかき集め、目の前に光の塊を形成する。

 そしてその塊は徐々に形を変え、円形に広がりおった。

 これは、魔術の視覚化、じゃろうか? 魔術を使うとき、発動が他者の目に見えるよう、魔力で紋様を描くことがある。光の塊はそれと似たようなもので、この杖はそれを杖自らが行う?

 じゃが、これは何の紋様じゃろう? 儂の背丈の倍はある巨大な円で、何故か色がついておって、外周はギザギザで黄色く、少し内側からは緑で……

 あ、これ、杖の飾り部分を裏から見た姿じゃ。

 な、なるほど。この杖は杖頭と同じ形状の紋様を空中に描く。今までそのような紋様は見たことがないが、そこはこの杖じゃからな。

 じゃから多分、リサからはひまわりの正面にある茶色い種の部分が見えておるはずで……ん?


「ししし、シンディ、あなた、な、何を召喚したの!?」


 リサは何故か怯えた様子。椅子から立ち上がり、逃げ出す直前かのように後退っておる。

 しかも、「召喚」?

 と、不思議に思うておったら、紋様がリサに向けて飛び出した。魔術が対象に向かって行ったのじゃ。なかなかに速い。


「ひゃあぁ!」


 して、リサは横に転がってそれを躱す。癒しの術を避ける。普通はやらぬ。

 異様な怖がりようじゃった。

 じゃが。


「な、何じゃあれ!?」

「こっちが聞きたいわよ! あなたの魔術でしょ!」


 避けられた紋様のその後を見て、儂は驚いた。

 普通、的を外した魔術は霧散する。じゃがこの紋様は壁際で止まり、振り返っておった。「振り返って」。人の顔のように。

 紋様の正面、茶色の種があるはずの部分に、人の顔が浮かんでおったのじゃ。眉毛が凛々しく唇が分厚く、静かに見つめるような巨大な顔が。

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