第27話 魔術を封じるもの
朝。
「魔王様、大丈夫ですか?」
ネイシャが心配そうに尋ねてくる。儂は椅子に沈んだまま動けずにおった。
昨日、ひまわりの杖で魔術を練習し過ぎたのが原因じゃろう。朝に目が覚めた時、手足がまるで鉛のようじゃった。無理をすれば動けぬことはないが、激痛が走る。
まさか、あの杖に、このような欠点があろうとは。
「まったく、無茶するんだから。杖振ったの、100回じゃきかないでしょう」
そしてリサも一言。ネイシャから詳細を聞いておったリサは、儂の手をそっと掴み……
「それじゃあ筋肉痛にもなるわよ。ほら」
「いたたたた、や、止めい持ち上げるなリサ、止めあだだだだ、やめておかあ様ぁーっ」
筋肉痛なのを知りながら、ぐりぐり動かしおった。
そう。筋肉痛。魔術の後遺症とか呪いの影響とかではのうて、筋肉痛。
ずっと杖を振り続けたものじゃから腕全体が痛い。足腰もじゃ。それを知っててぐりぐりしおる。
「大丈夫よシンディ。筋肉痛で人は死なないから」
酷い母親じゃ。ぐすん。
ちなみに、こんな状態でも朝食はちゃんと摂っておる。人間、筋肉痛では食欲は落ちぬのじゃ。食堂までの移動はネイシャに支えてもらってなんとかなった。途中に段差とかがあったら地獄じゃったろう。同じ階で助かった。
「魔王様、前世でも、あまりお身体動かしてませんでしたからね……」
そして魔族にも筋肉痛は起こるのじゃが、ネイシャの言う通り普段あまり動いておらなんだ儂は、そのことをすっかり忘れておったのじゃ。
若くて体力があるというのはときに恐ろしいもので……今、もの凄く痛い。
じゃが。
「シンディ、この間ネイシャに掛けてあげたみたいに、魔術で痛みを癒すことはできないの?」
「おお、そうじゃ。その手があった」
そう。よく考えれば、痛みなど、魔術で和らげればよいのじゃ。
完全に盲点じゃった。リサめ、やはり頼りになるな。昨日しこたま練習した儂ならば、もう、先日の術式は2回転、いや、1回転半でもできる。よしよし、ここは練習の成果を自らで試すときじゃ。
儂は気合と共に椅子から立ち、ひまわりの杖を掴み、腕の振りを加えつつ、全身を素早く回転させるため思いっきり地面を蹴って……
「あああああーーー!」
筋肉痛の全身に激痛を走らせたのじゃった。
「やっぱり、筋肉痛治るまで、魔術は無理そうね」
そしてリサはのんびりと言いおる。
おのれリサめ。やはり酷い母親じゃ。
じゃが、確かにこれも盲点じゃった。今の儂は魔術を使えぬ。魔力が封印されたとかではなく筋肉痛が原因で魔術を使えなくなるというのは過去に経験したことがないし聞いたこともないが、とにかく今は使えぬ。
となると、筋肉痛が治るまでは、さらなる練習ができぬ。しかも、それだけでは済まず……
「使い魔、先延ばしにするしかないのかしら」
リサの言うようにせざるを得ぬことになる。使い魔と契約するにも魔術が必要なのじゃから。
使い魔のことについては前もって話しておった。儂はレイボルトの様子を知りたい、リサはサティアのために人質を早めに確保したい、使い魔は種類にもよるが人質捜索にうってつけ、そしてサティアになんとかしてやりたいのは儂もネイシャも同じ。
ということで儂らの利害は一致。リサが口実を用意しネイシャが使い魔候補を探しに行く算段じゃったが、儂がこれでは契約できぬ。不覚じゃった。
じゃが、筋肉痛というものはどのくらいで治るものなのじゃろう?
「こういう場合、強張った筋肉をほぐしてあげると治りが早いんですけどね……」
なぞと思っておったら、ネイシャから一言。なるほど、筋肉をほぐす、か。
ならば。
「ネイシャよ、その方法、儂にも教えてくれんかのう?」
儂は素直に聞くことにした。こういうのは詳しい者に聞くに限る。
「分かりました。ではまず、両腕を上に挙げ、頭の後ろで組むようにして頂いて、片方の肘を反対の手で引っ張るようにして頂いて……」
「こう、かの」
「いえ違います、もっと、ここをこう」
「こう、か?」
「いえ、こちらの手を……」
「ああもう、もどかしいわね。シンディ、ここを、こうよ」
簡単そうに見えて案外難しい、と思ったらリサが儂の腕を掴んで正しい姿勢に修正し……
「あああああーーー!」
また激痛に苦しむことになった。
だめじゃ、筋肉をほぐしておる者の身体に触れるのは非常に危険じゃ。絶対にやってはならぬ。
◇
して、午後。
「ぐぬぬぬぬぬ……ほあっ!」
「魔王様、お見事です!」
「流石ねえ、ネイシャ」
ネイシャのおかげでだいぶ動けるようになった儂は、少しずつ魔術の動作に身体を慣らし、ようやく自身に魔術をかけることができたのじゃ。
長かった。じゃが、これで契約の魔術を使える。
今日はもう遅い故、ネイシャに捕まえに行ってもらうのは明日じゃが、適した魔物の生息地もリサが知っておった。
これなら、上手くいくはずじゃ。はずなのじゃが。
……儂には何故か、嫌な予感があって。
その予感は後に、見事に的中するのじゃった。
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