第20話 魔王様と杖

「杖、のう……」


 儂は三つ編みにされたまま考える。今髪を結われてもこのあと風呂に入るのじゃから意味ないじゃろうに……と、そっちではなくてじゃ。

 杖。

 あれは、儂に言わせれば、弱点むき出しの代物なのじゃ。魔術であれ魔法であれ、あ、ちなみに魔術と魔法は違っておってその違いは……と、そこは今は良いか。

 ともあれ、杖というものは魔力を効率よく集めるには都合が良いのじゃが、その分、繊細な魔力操作が難しくなってしまうのじゃ。


 魔力操作には段階がある。一番単純なのが、自身の体内に流れる魔力を操ること。この段階では扱える魔力の量は体内を流れる量に限られることになる。

 肉体強化であればそれでも十分な効果を見込めるが、炎や冷気など、何らかの現象を身体の外に生み出すにはこれでは足りぬ。

 そこで次に必要となるのが、練り合わせ。自身の魔力を一か所に集め、大気や大地などの、体外に漂っておる魔力と練り合わせることじゃ。

 この段階に至るまでが一苦労なのじゃが、その分、扱える魔力の量は一気に増える。そしてこの段階には練度の幅があり、同じ練り合わせでも、習得したての者と達人とでは雲泥の差がある。

 そのせいか、人間たちの間では、この段階を極めることこそが魔力操作の神髄、などと誤解されておったようじゃ。人間たちの杖も、練り合わせまでは楽にできるがそれ以上の段階に進むのは無理、という作りじゃった。街道を楽に進める馬車が獣道は通れぬように。道具というのはそういうものじゃ。

 おそらく人間たちは、次の段階があることを知らぬのじゃろう。じゃから、杖の作り方で自ら限界を生んでおることに気付いておらぬ。じゃが、魔力操作の段階は、練り合わせの上にも、いくつも存在するのじゃ。

 特に肝心なのが、3段階上にある、呼応の段階。

 これは自身の周囲の空間を漂う魔力に呼び掛け、応じさせるものじゃ。練り合わせが身体や杖に触れておる大気などから魔力を取り込むのに対し、呼応は広い範囲から魔力を集められる。前世では、魔王城をすっぽり覆う空間全体から集められたほどじゃ。

 しかも、その範囲内であればどこからでも、身体から離れた位置からでも魔術を発動させられる。

 じゃから、敵の練り合わせを離れた位置から解除する、などということもできたのじゃ。特に杖の場合、どの位置で魔力を練り合わせるかが見え見えじゃから、解除の狙いをつけ易かった。「魔王の前では魔術も魔法も使えなくなる」と錯覚させられたほどに。

 杖は弱点むき出しの代物、とは、こういう意味なのじゃ。杖に頼る者と呼応の段階に至った者とでは、勝負にすらならぬ。

 ならぬのじゃが……


「ぐぬぬぬぬぬぬ……ぐぬぬぬぬぬぬ……」


 偉そうに言っておきながら、今の儂は、それよりはるか手前の段階で留まっておるわけじゃ。

 儂は再び魔力循環の印を結んでみたが、やはり、いくら念じても魔力が動かぬ。

 そして儂が集中しておる間、ネイシャは完成した儂の三つ編みに髪留めを着けては外し、着けては外しを繰り返し、いろんな飾りつけを試しておる。儂は試したい術式を試せておらぬのに。ぐぬぬ。

 ……じゃが、これはやむを得ぬ、か。


「ネイシャ」

「はい、魔王様」

「儂はもう、割り切る。明日から杖を使うぞ」


 杖では初歩的なことしかできぬ、などと意地を張っておっても始まらぬ。

 それに、魔族と人間とでは魔力操作の習得方法が違うのでは、と考えておったところじゃ。杖を使うというのも、人間の身であればちょうど良い方法なのやも知れぬ。

 そして儂はかつての人間たちと違い、練り合わせより先の段階があることを知っておるのじゃ。ならば、まずは杖で魔力の感覚を掴みつつ、その先の段階へは時間をかけて精進して行けばよい。

 うむ、我ながら良い考えじゃ。これで希望は見えて……


「分かりました、魔王様。それで、杖って、どこで手に入るものなのでしょうか?」

「あ……」


 ……儂の魔力操作は、まだまだ前途多難なようじゃった。



 同じころ、リサは一人、自室で一冊の本を眺めていた。昼にシンディが没頭していた本を調べていたのだ。

 娘が何に興味を持ったのかを知るために。

 そして、字面だけ見れば普通のことなのに、などと頭を抱えつつ、リサはその本を開いて、さらに頭を抱えた。


 昼には一部しか見えなかったが、本の名は『ガーランド魔術研究録』。数百年に一度の鬼才と称される人物によるもので、巷では難解なことで有名な本なのである。読むだけで寿命が縮む、と揶揄されるほどに。

 リサも中身に目を通し、噂に違わないことを確信した。


 こんなのを読んでいたら、悪目立ちする。リサはテーブルに突っ伏したままそう考え、やがて考え直した。

 こんなのが理解できるなら、と。

 もしかしたら人質の捜索に役立つ魔術を知っているかもしれない、と。

 今日は回避したけれど明日は魔力の話に乗ってやろう。リサは顔を上げ、そう決意した。


 この決意が新たな悲劇を生むなどとは、微塵も考えずに。

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