第33話 贈り物
文化祭も終わり、9月も中旬。
職員室で書類を整理していた陽菜乃は、ふと美穂の誕生日が9月だったことを思い出した。
—もう過ぎちゃったかな…?
引き出しから、4月に書いたクラスの自己紹介シートを取り出す。
“日比谷美穂 9月25日生まれ”
整った文字が視界に飛び込む。指先でその部分をなぞりながら、陽菜乃は小さく息を呑んだ。
カレンダーを見ると、誕生日まであと3日しかない。
—何か贈り物をしたいな。
胸の奥がじんわりと熱くなる。思い立ったらすぐに動かずにはいられなかった。
その日の帰り、いつもより少し早く職員室を出た。駅前はすっかり夜の気配に包まれ、部活帰りの高校生の笑い声と、会社員の人々の靴音が混じり合っている。
陽菜乃は改札の方向へは向かわず、駅ビルへと足を踏み入れた。
—日比谷先生が喜んでくれるのはどんなものだろう。
入ってすぐのフロアには、地元の銘菓や洋菓子店が並ぶ。辺りを見ながら歩いていると、抹茶のスイーツが目に入った。
以前、美穂が「抹茶のお菓子が好き」と言っていたのを思い出す。ショーケースの中には抹茶のバウムクーヘンやフィナンシェが並んでいて、見ているだけでお腹が空いてくる。
けれど、すぐに首を振った。食べ物だとありきたりすぎる気がする。
陽菜乃は目線をショーケースから離して考える。何かもっと、形に残るものがいいな。
エスカレーターを上がり、雑貨屋を覗く。色とりどりの文房具や可愛らしい小物が並ぶ。実用的で可愛らしいけれど、文房具はたくさん持っていたら邪魔になりそうだし、少し事務的すぎる気がする。
もっと特別で、心に残るもの…
歩き疲れて立ち止まったとき、ふと視線の先にショーウィンドウがあった。
そこに飾られていたのは、淡いクリーム色に、落ち着いたブルーの模様が入ったスカーフ。光を受けるとやわらかく輝き、上品な雰囲気をまとっている。
その瞬間、陽菜乃は入学式の日の記憶がよみがえった。
あの日、職員室で見た美穂の姿。ふわりと襟元に結ばれていた薄桃色のスカーフ。あれは完全に陽菜乃の好みにぴったりだった。綺麗だなと思った。その姿がずっと心の中に残っている。
気づけば足は自然と店内へ向かっていた。
商品棚からスカーフをそっと手に取る。指先に伝わる布の感触はさらさらとしていて軽やかなのに、不思議と心を掴んで離さない。
—これにしよう。
レジで会計を済ませると、店員によって丁寧に箱に包まれ、紙袋へと収められる。受け取った袋は軽いはずなのに、不思議と重みがあるように感じた。
駅ビルを出ると、夜風が頬を撫でる。ついこの間までの暑さは嘘のように涼しい風が吹いている。
—日比谷先生がこのスカーフをつけたらどんな感じになるかな。
首元に巻いても素敵だし、バッグに結んでもきっと似合う。陽菜乃の想像はどんどん膨らむ。
陽菜乃は左手に紙袋を持ちながら、小さく息を吐く。
結局のところ、選んだのは自分の「好き」を押しつけたような贈り物。それでも、気持ちを添えて渡したら喜んでくれるだろうか。
少しの不安を抱えながら、帰り道を一歩ずつ進んでいった。
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