ひなみほ観察記録6
ついに夏休みも終わり、2学期がスタートした。
9月に入ってもまだ暑さは続き、自転車通学の琴子は教室に入る頃には汗だくになっていた。
「茅野ちゃん、おはよー。あづいよー」
やっとのことで前の席の紬に挨拶をする。教室の中は冷房が効いていて、快適だった。
席に着くと、ひんやりとした机が気持ちいい。
琴子は机に頬をつけて突っ伏す。
「おはよう。うわあ琴子、すごい汗」
見るからに暑そうな琴子を見た紬が、ハンディファンを琴子に向ける。
「涼しい〜」
心地よい風が顔全体を通り過ぎていく。
しばらくすると、だんだんと体も冷やされて、元気が出てきた。
「回復ー!」
琴子が勢いよく腕を振り上げて起き上がると、タイミングよくゆあが現れた。
「おお、ちょうど良いところに!2人とも、今日の放課後時間ある?」
琴子はリュックの中からゴソゴソと袋を取り出す。
「じゃじゃーん!」
「どうしたの?それ」
ゆあが不思議そうな表情を見せて、首を傾げる。
「夏休みに家族で水族館に行ったんだー。それで、美穂さんと久慈ちゃん先生にお揃いのキーホルダー買ってきたの!」
「なるほど、それで2人をくっつける作戦ってわけね」
ゆあが納得したように頷く。紬も目を輝かせて楽しそうにしている。
「あ、みんなにもあるよ」
別の袋を取り出して、2人に渡す。
「アザラシだ。可愛い〜」
紬はさっそくリュックにキーホルダーをつけていた。
「こっちはラッコね。琴子、ありがとう」
嬉しそうな紬とゆあに見せつけるように、琴子は自分のリュックを膝の上に置く。
「私のはマンボウ!」
少しの間が空くと、紬とゆあは笑いながら顔を見合わせていた。
「…マ、マンボウ?」
「えー、可愛いでしょー?」
琴子がマンボウのキーホルダーを揺らしていると、ホームルームが始まるチャイムが鳴った。
「じゃあ、放課後に作戦決行だからね!」
小さな声で伝える。琴子は放課後が待ち遠しかった。
「それじゃあ、行きますよー!」
まずは、ホームルームの後に教室に残っていた美穂にお土産を渡しに行く。
「日比谷先生ー!」
琴子が声をかけると、美穂は優しく微笑みながら口を開く。
「あら。3人揃って、どうしたの」
「これ、お土産です!どうぞ」
琴子が小さな紙袋を両手で差し出すと、なんの迷いもなく受け取った。
「開けてもいい?」
「はい!」
美穂は丁寧な手つきで袋のテープを剥がすと、中に入っているキーホルダーを取り出して微笑む。
「わあ、可愛いイルカのキーホルダー。ありがとう」
その嬉しそうな顔を見て、琴子も自然と嬉しくなった。
「次は、久慈ちゃん先生!音楽室に行くよー!」
琴子はルンルンな気分でスキップする。
始業式後の廊下は下校する生徒で溢れていた。
「ねえ、久慈先生あっちにいるよ」
紬の声が、音楽室の方向へ進もうとする琴子の足を止める。振り返ると、職員室へ戻ろうとする陽菜乃の姿があった。
「あっ、久慈先生ー!」
琴子の大声で陽菜乃を呼び止めると、陽菜乃は驚いた様子でこちらを振り返った。
「戸沢さんに茅野さんに小諸さん。3人で、どうしたの?」
慌てて駆け寄る3人の姿に、陽菜乃は唖然としている。
「お土産、渡しに来ました!」
琴子が袋を差し出すと、陽菜乃は恐る恐る受け取った。
「イルカのキーホルダー?」
陽菜乃が袋を開けて、中身を取り出すと、琴子たちは顔を見合わせてニヤリと笑った。
「先生、それちゃんと使ってくださいね!」
「うん、ありがとう。可愛いから授業用のトートバッグにつけようかな」
何も知らない陽菜乃が、美穂とお揃いなことに気づいたらどうなるかな。琴子の頭はそのことでいっぱいだった。
「2人とも、あとで気づいたら驚くだろうなあ〜」
教室まで戻っている最中、琴子が呟く。
「でも、日比谷先生って、ああいうの鞄につけたりするのかな?」
ふと、ゆあが疑問を投げかける。
「確かに。日比谷先生って普段ビシッとしてるから、見えるところにはつけなさそう」
紬も現実的な視点を挟む。流石に琴子はそこまで考えていなかった。
「じゃあ、作戦失敗…?」
琴子は少し困りながら首を傾げる。
「まあ、これは長めに観察するしかないね」
ゆあは腕を組みながら真面目に答えた。
「あのお土産が、久慈先生と日比谷先生がもっと仲良くなるきっかけになればいいけどね」
紬はゆあと顔を見合わせながら、少し難しい顔をしている。
「託したぞ!イルカちゃん!」
琴子の一言に、紬とゆあは肩をすくめて笑った。
琴子は想いをイルカに託し、ひなみほの進展を願っていた。
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