ひなみほ観察記録5

 夏休みも中盤に差し掛かったある日の朝、ゆあは急いで部屋を片付けていた。

 この日は紬と琴子の3人で、ゆあの家に集まって文化祭の出し物のシナリオを考えることになっていたのだ。

—ピンポーン

 インターホンが鳴るのが聞こえ、ゆあは部屋のドアを開けて階段を下りる。

 一階にあるモニターで確認すると、紬と琴子の姿があった。

 ゆあが玄関の扉を開けると、琴子が目を輝かせて辺りを見回していた。

「すごーい!洋風で可愛いおうち〜」

「おはよう、ゆあ。琴子、さっきからずっとこうで…」

 紬が申し訳なさそうにゆあを見る。

「あぁ…まあ、外は暑いから上がって。うち今日誰もいないから遠慮しなくていいよ」

 そう言ってゆあは2階の自室に2人を案内した。


「はい、これ。お菓子持ってきたから、あとでみんなで食べようね」

 部屋に入ると、紬が地元の銘菓が入った紙袋を差し出した。

 エアコンの効いたゆあの部屋でだらだらしていた琴子も、お菓子を見ると元気になっている。

「おお、これは美味しいやつ!」

「お菓子はあとで。はやくシナリオ考えないと」

 ゆあがお菓子の紙袋を琴子から取り上げると、琴子は悲しそうな顔をした。

 でも今やらないと永遠に終わらない気がして、ゆあは少し心配になっていたのだ。

「どんなシナリオがいいかな?」

 紬が鞄からノートとペンを取り出すと、琴子も鞄から何かを取り出した。

「見て見て。実はちょっと考えてきたんだー」

 そう言うと、琴子が机にメモが書かれた紙を広げる。


“ある日、お屋敷の中でご主人様の日記帳の1ページが見つかる。そこには秘密の恋の記録が。でも、その日記には不審な点がある。それらの謎を解決すると、ご主人様の秘密が明かされる”


 読んでみると、物語の大まかな流れが書いてあった。琴子にしてはしっかり考えてあるのではないか。ゆあは少し感心していた。

「確かに、これなら『メイド×謎解き』のテーマにも合ってて良さそう」

 紬も驚きながら、素直に琴子のことを褒めている。

「でも、肝心の謎解きが私の頭じゃ考えられなくて。それを茅野ちゃんと小諸ちゃんに考えて欲しくて…ね」

 琴子がおねだりをする子供のように紬とゆあに頼み込む。まあ、それは紬もゆあも想定内といった感じだった。

「はあ、それは分かった。でも、琴子も一緒に考えるんだよー」

 ゆあがいたずらっぽく琴子を突くと、琴子の顔はパァッと明るくなった。

 気分の温度差が激しいやつだな、とゆあは内心呆れながらも、琴子の考えてきた物語に合う謎解きを考えようと意気込んでもいた。


 考え始めて数十分、なかなかいい案は出てこない。

「なんか、結構難しいね」

 ゆあはそう呟きながら、隣でノートにメモをしていた紬に視線を向けてみると、何やらイラストを描いていた。

「って何してんの?」

 そのイラストを見て、ゆあはついニヤッとしてしまい、手で口元を覆う。

「あっ、その、これは違くて…」

 紬はゆあに見られていることに気づき、慌ててノートを隠す。

「なになに〜?」

 さっきまでぼーっとしていた琴子は、生き返ったかのように元気になる。いきなり紬のノートを取り上げて、さっきまで開いていたページを開けた。

「おお〜これは美穂さんと久慈ちゃん先生ですな」

 ゆあも気になって琴子に近寄る。

—あ、かわいい。

 ゆるっとした雰囲気で可愛らしいイラストがノートのあちこちに描かれていた。

 紬は赤面して恥ずかしがっている。

 ふとノートの端に目をやると、美穂と陽菜乃がくっついているイラストがある。周りにはハートマークが描かれていた。

—これだ!

「そうだ、結末から決めればいいんだ!」

 ゆあが思わず立ち上がってそう言うと、さっきまで恥ずかしがっていた紬がクスッと笑った。

「忘れてた!ひなみほをくっつける謎解きにするんだった!」

 琴子が忘れていたことを思い出したようだ。そういえば、出し物決めをしたときにそんなこと言ってたっけ。

「いや、私はそういう意味で言ったわけじゃないけど…まあいいか」

 ゆあがそう呟く。

 紬のイラストのおかげで3人とも何か掴めたような気がして、黙々と作業に取り組んだ。


「できたー!」

 出てきた案を整理して書き直したゆあがノートを机に置く。

 紬も机に置かれたノートを覗くと、「いい感じ!」と満足げだった。

「うーん、なんか足りない」

 そんな中、琴子だけが少し不満げな様子で首を傾げる。

「何が足りない?完璧じゃない?」

 ゆあの問いに、しばらく考える琴子だったが、突然ひらめいたようにペンを走らせた。

「これ、とあるお屋敷のメイドさんの名前は『ミホ』にしようよ!ほら、文化祭でよくあるじゃん。クラスの先生の要素を入れるやつ!」

「なるほど?」

 ゆあは琴子の不満が予想より重大でないことにほっとする。

 隣では紬もニコニコとしていて楽しそうだった。

「じゃあ、まとめるとこういうこと?」

 ゆあは訂正を加えたノートを机に置く。


“謎を解くあなた(来場者)は、とあるお屋敷のメイドのミホさん。このお屋敷で起きた謎を、先輩メイド(1年3組の生徒で案内役)とともに解決していく。

ある日、お屋敷でご主人様の日記帳の1ページが見つかった。そこには秘密の恋の記録が。そしてそのページは不自然に改行されていた。各行の先頭を縦読みすると、『いつものまどべ』になる。

窓辺へ行くと、手紙が落ちている。手紙の文字はところどころ抜けていて、その抜けている文字をつなぐと、『きみがくれた本』になる。

本棚へ移動すると、そこには表紙に一文字ずつ文字が書かれた本が数冊。それを並べ替えると、『想っていたのは君』になる。

最後に、先輩メイド役の生徒が日記の最終ページを見つける。そこには、『ミホ、君が好き。』と書かれている。

その後、先輩メイド役の生徒たちがフィナーレの文章を読み上げる”


「ふっふっふ…これで良き良き」

 琴子が意味深に笑う。

「なーに、まだ何かあるの?」

 ゆあが突っ込むと、琴子はニヤニヤして紬とゆあを見た。

「これ、久慈ちゃん先生とか美穂さんにお試しでやらせてみようよ。文化祭の前に、教室の準備ができたらさ!」

「それ、絶対面白い!」

 そう言って琴子の提案に乗っかる紬はとても楽しそうだった。

「ちょっと、変なことはしないでよ」

 そう言って2人をやんわりと止めるゆあも、ひなみほの進展を楽しみにしていた。


 こうしてシナリオは完成した。

 3人の胸の中には、文化祭への期待が膨らんでいた。

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