第21話 知られちゃった…?

 4限目の授業も終わり、誰もいなくなった音楽室で陽菜乃は腕を伸ばす。

 この時期は授業内で1人ずつ歌のテストをするため、授業がある度に陽菜乃はピアノを弾きっぱなしであった。さすがに授業が終わる頃には疲れが出てくる。

 扉を開けて音楽室を出ると、蒸し暑い空気に体が包まれた。

 7月も半ばに差し掛かり、すっかり夏らしくなったな、と窓の外の景色を見る。

「久慈先生」

 そんな風にぼーっと過ごしていると、後ろから陽菜乃を呼ぶ声が聞こえた。

 振り向くとそこには弁当と水筒を抱えた円香の姿があった。

「一緒にお昼、どうですか?」


 音楽室の隣の音楽準備室で2人は弁当を広げる。と言っても、陽菜乃はコンビニで買ったものである。円香の弁当は小さな弁当箱に色とりどりの食べ物が詰められていた。

「珍しいですね。橋本先生と一緒にお昼ごはんなんて」

 陽菜乃が単純な疑問を持って、円香に尋ねる。

 円香は少しニヤッとして口を開く。

「あの飴、日比谷先生にあげたんですね」

 陽菜乃は思わず吹き出しそうになる。いきなりその話?なんであげたことを知っているの?

 陽菜乃がなにも言えずに黙っていると、円香が続ける。

「日比谷先生、すごく嬉しそうでしたよ。机に置いて眺めちゃったりして」

 陽菜乃はその言葉に驚く。同時に、陽菜乃のお土産を眺める美穂を想像してしまい、胸がくすぐったくなる。

 しかし、次の瞬間、円香の口から放たれた言葉に、思わず息を呑む。

「もしかして、久慈先生の気になる人って…日比谷先生だったりします?」

 陽菜乃は図星を突かれて言葉を失った。箸を持つ手が止まったまま、どう答えればいいのか考え込んでしまう。

 そんな陽菜乃の反応を見て、円香がニヤッと笑う。

「やっぱり、そうなんですよね!?」

「…そ、そんなこと…」

 必死に誤魔化そうとするが、声はうわずり、顔も赤くなるばかり。

 やがて陽菜乃はあきらめて、小さな声で言った。

「内緒にしてくれますか?」

 その言葉を聞いた円香は、まるで秘密を共有する子どものようにニコニコと頷く。

「もちろんですよ!私は久慈先生の恋、応援してますからね!」

 そう言って笑う円香を見て、陽菜乃はなぜか安心したような気分になる。

 陽菜乃の胸の内が落ち着いて再び箸に手を伸ばそうとしたとき、「あ、」と円香が付け足す。

「じゃあ、あのとき、初めて3人で食事したときに言ってたことも、本当だったんですか?『私が捕まえるんだからぁ!』ってやつです」

 陽菜乃は記憶を辿る。

—あ、

 思い出すだけで恥ずかしくなる。確かあれは、3人でイタリアンレストランに行って、酔って言ってしまったときの…

「それはだめ!」

「久慈先生、顔真っ赤ですよ…!」

 円香の茶化しに、陽菜乃は顔に両手をあてる。

「それはもう忘れてくださいよ~」

 必死に訴える陽菜乃を見て、円香は楽しそうに笑う。

「忘れませんよ~!久慈先生、可愛すぎますもん!」

 円香のその言葉に、陽菜乃はさらに恥ずかしくなり、お昼ごはんどころではなかった。


 いつの間にか弁当を食べ終わっていた円香が、席を立つ。

 そして、去り際に一言。

「ちなみに、ひまわりの花言葉は"あなただけを見つめる"らしいですよ!」

 そう言い残すと、円香は軽やかに扉を閉めて出ていった。

 扉の閉まる音が響いたあとも、円香の言葉は陽菜乃の耳に焼き付いたままだった。

—"あなただけを見つめる"!?

 胸の鼓動がやけに大きく響き、陽菜乃はひとり顔を覆った。

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