第20話 嬉しいこと
—最近、久慈先生が色々話してくれるようになった気がする。
美穂はもらったばかりの手提げ袋を見る。中には断面にひまわりがあしらわれた飴が入っていた。
なかなか可愛い趣味をしているな、と思わず笑みがこぼれる。
それに、この前の雨の日のお礼だなんて、律儀な人だ。
美穂はふと、4月のはじめの頃を思い出す。初めて話したときは、なんだかとても緊張していて、なかなか目を合わせて話してくれなかった。
そんな陽菜乃の姿を見ていると昔の自分を思い出して、つい話しかけてしまっていた。
少し鬱陶しかったかもしれない、と思っていたけれども、最近は少し心を開いてくれているみたいで嬉しい。
話の流れで陽菜乃の高校時代のことを聞いたら、しっかり答えてくれたし、今日はこんなに素敵なお土産までくれた。
—私のこと考えて選んでくれたのかな?
陽菜乃が選んでいる様子を考えると、なんだかクスッと笑えてきて、陽菜乃のことがとても可愛く思えた。
美穂は職員室での用事を済まし、手提げ袋を持ったまま国語科準備室へ戻った。
国語科準備室へ戻り、お土産の入った手提げ袋を机に置く。
美穂はここで仕事をすることが多いので、私物はほとんどこの部屋に置いてある。
手提げ袋から中身を取り出して、飴を眺める。見ていると食べるのがもったいないような気がしてきた。
—今日は帰るまで机に置いておこう。
美穂は自分の机の端に飴の入った袋を置いて、仕事に戻った。
「お疲れ様です」
小テストの採点をしていると、後ろから声がかかった。顔を上げると隣の席の橋本円香が帰り支度を済ませて、これから帰るところのようだった。
窓の外を見ると日が暮れていて、すっかり夜の気配が広がっていた。
「橋本先生、お疲れ様です」
美穂が円香に目線を合わせて笑顔で返事をすると、そのとき円香の視線は美穂の机の上にあった。
「その飴、どうしたんですか?」
円香が首を傾げる。それと同時にポニーテールの茶色い髪がひょいと揺れた。
「ああ、これね。久慈先生から頂いたの。可愛いでしょう?」
美穂は机から飴を手に取り円香に見せる。
円香は一瞬何かを考えるような顔をしたあと、飴に顔を近づけて中身を見る。
「ひまわりの飴だ。可愛いですね」
興味津々といった様子で、まじまじと美穂の手元の飴を見ていたが、やがて時計に目を移す。
「あ、すみません。仕事の手を止めてしまって。失礼します」
「お気をつけて」
お互いに会釈すると、円香は国語科準備室から去って行った。
美穂は改めて手の中にある飴を見る。
それをくれた人のことを考えると、胸の奥がほんのり温かくなる。
美穂はふっと笑みをこぼして、再び机の上のプリントに目を落とした。
—今日はいつもよりちょっと嬉しい日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます