第19話 お土産です!

 週明け、陽菜乃は職員室近くの階段の陰に隠れて、美穂を待ち伏せしていた。

 美穂が国語科準備室から職員室に戻ってくるタイミングで、お土産の飴を渡そうと考えていたのだ。

 陽菜乃は袋の中を何度も確認する。手提げ袋の中には、週末に買ったお土産の飴が入っている。

—ちゃんと渡せるかな。

 待っている間、胸の鼓動がやけに大きく響いているように思えた。

 待ち始めてまだ数分しか経っていないのに、長い時間が経過しているように感じる。

 陽菜乃がぎゅっと目を瞑ったとき、静かな廊下に足音が響く。

 陰から顔を出すと、長い黒髪を揺らして歩く美穂の姿が見えた。

—あ、行かないと。

 だんだんと近づく足音に、胸の鼓動が速くなる。

 陽菜乃は怪しまれないように、自然に歩いてきた雰囲気を装う。

 大丈夫。陽菜乃は手に力を入れて、ひと息吸ってから美穂に声をかける。

「お、お疲れ様です」

「あら、久慈先生。お疲れ様です」

 美穂は優しい笑みを浮かべる。

 そのまま通り過ぎようとする美穂の足を、陽菜乃の声が止める。

「あの!これ、お土産です!」

 え?と振り向いて少し驚く美穂を見て付け足す。

「あ、いや。この間の雨の日に車に乗せてもらったお礼もまだでしたし」

 陽菜乃は咄嗟に思いついた理由を付け加える。言いながら心のどこかで、そうじゃなくて!と叫んでいる自分がいた。本当はそんなこと言いたいわけじゃないのに…

 手に持っていた袋に、重みが加わるのを感じる。その瞬間、陽菜乃は手を離す。

「そんなの、気にしなくてもいいんですよ。あのときは、ただ、久慈先生が困ってそうだったから」

 美穂は突然のことに驚きながらも、袋の中身をそっと確認すると、優しい笑みを見せる。

「可愛いひまわりの飴ね。ありがとう」

 そう小さく呟くと、職員室へ去っていった。

 その姿を見届けると、胸の奥で張り詰めていたものがほどけていく。

—わ、渡せちゃった…!

 思わず心の中で叫んでしまう。頬が熱い。手のひらもじんわりと汗ばんでいて、袋を握っていた指先の感覚がまだ残っている。

 胸の高鳴りが落ち着かないまま、体はふわふわと宙に浮いたみたいだった。

 けれど同時に、小さな棘のような気持ちが胸に残った。

 本当の気持ちを隠して、言いたいことが言えなかった。美穂の前で「日比谷先生のことを考えて選んだ」なんて、恥ずかしくて口にできなかった。

 でも、あんなふうに笑ってくれた。あたたかくて、陽だまりみたいな笑み。

 その一瞬を思い出すだけで、また胸が熱くなる。

—…だから、今日はそれで十分。

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