第16話 お出かけ!(2)

 バスに数分揺られ、目的地へ辿り着く。

 赤い鳥居を見上げながら、凛が少し得意げに口を開いた。

「ここ、縁結びで有名らしいよ!」

「金町先生、詳しいですね」

 円香が感心したように返すと、凛は「あ、いや、ちょっと調べただけなんだけど…」と照れくさそうに笑った。


 参道を通り、3人並んで手を合わせる。

 お辞儀をしたあと、振り返ると円香がにっこりと笑いながら尋ねた。

「お願いごと、しました?」

「そりゃあもう、ね?しないわけないでしょ」

 胸を張る凛に、陽菜乃が小さく「なんか必死じゃ…」と呟く。

「こらこら、聞こえてるって!」

 むっとした顔の凛に、陽菜乃と円香は思わず吹き出してしまった。


「…ねえ、2人はどうなの?その、誰かいい人とかいたりする?」

 お守りを眺めながら、凛がふいに切り出す。

 唐突な問いに、陽菜乃はドキッと心臓が跳ねた。思わず、美穂の笑顔が頭に浮かぶ。けれど、それを口に出すことはできず、視線を逸らす。

 何と答えるべきか考えている間に、円香が少し照れたように答える。

「…えっと、一応」

「えっ、そうなの!?」

 円香の答えに凛は目を丸くすると、陽菜乃の方を向き、「く、久慈先生は…?」と恐る恐る尋ねた。

 陽菜乃の胸はますますざわめく。

「わ、私は別に…まだ、そういうのは…」

 口ごもったあと、小さな声で付け足す。

「…まあ、気になる人は…いなくもないけど」

「えっ、なになに!誰ですか!」

円香がひょい、と食いつくように前のめりになる。

「そ、それは…ひ、秘密!」

 陽菜乃は慌てて反対側に顔を向けた。これ以上探られたらまずい。

「なんですか、それ!余計に気になります〜!」

「2人ともずるい!」

 円香と凛にに詰め寄られ、陽菜乃は赤面しながら「これ以上は言えませーん!」と笑って誤魔化すしかなかった。


 お守りを選び、受け取った3人は、境内の一角で涼しげに揺れる無数の風鈴を見上げた。

 夏の日差しの中に、心地よい音が響き渡る。

「わあ…きれい!」

 円香が目を輝かせる。

「縁むすび風鈴って言って、有名なんだよね。短冊にお願いごとを書いて掛けるんだって」

 凛が説明しながら短冊を手にして見せた。

「へえ…じゃあ、わたしも書いてみようかな」

 陽菜乃も受け取って、しばらくペンを持ったまま考え込む。

 ふと、美穂の姿が脳裏に浮かぶ。

—名前を書くわけにはいかない、かな…?でも…

 胸の内を隠すように、陽菜乃は小さく字を走らせた。


「私は…“彼とこのまま一緒にいられますように”って」

 円香が短冊を掛けながら、嬉しそうに笑った。

「私は、“いい人に出会えますように”っと。まだいい人に出会ってないだけだから、きっと…!」

 凛は必死そうにそう言うと、短冊を掛け、書いた文字を写真に撮った。

「久慈先生は?」

 2人に聞かれ、陽菜乃は慌てて短冊を隠す。

「な、内緒です!」

「えー!気になります!」

 先ほどと同じように円香が身を乗り出す。

 凛もニヤニヤしながら陽菜乃を眺めていた。

「ほら、願い事は他の人に言っちゃいけないって、よく言いますし!」

 陽菜乃は赤くなりながら風鈴に短冊を掛けた。

 カラン、と風鈴が澄んだ音を立てる。


“日比谷先生の近くで過ごせますように”


 願い事を風に乗せて。届きますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る