第12話 ひとりの帰り道
たった数分のことなのに、どうしてこんなに動揺しているんだろう。
バッグを握る手に力が入る。通り過ぎる人々は誰も気にしていないけれど、自分だけ時間の流れから取り残されたような感覚に陥る。
車内での会話を思い出す。
もっと知りたかった。美穂の個人的なことを。趣味とか、好きなものとか、休日の過ごし方とか、そんな何気ないことを。
それを聞けなかった。緊張して、当たり障りのない質問になってしまった。今となってはどうしようもない後悔が押し寄せる。
でも、それ以上に頭に浮かぶのは、美穂が最後に言った優しい言葉だった。
「気をつけて帰ってね」
そのたった一言に、なぜか胸が熱くなる。別に特別なことを言われたわけではない。それなのに自分にだけ向けられたような気がして。
小さく息を吸い、駅の改札へと向かって歩き出す。足音が静かな夜の街に響くたび、鼓動は早まる。
濡れた路面に反射する街灯の光、雨に水たまり。まるで雨がふたりだけの特別な空間を作ってくれたみたい。
改札を抜け、ホームへ続く階段を降りる足取りは少し軽くなっていた。
—聞きたかったこと、いつか全部聞きたい。
電車がホームに入線する。扉が開く瞬間、陽菜乃は深く息を吸い、心の奥でそっと決意した。
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