第10話 雨音と優しさ
梅雨が目前に迫るある日、ひと足早く雨の音が響く。暗い雲が空を覆い、静かなはずの廊下も雨音に支配されていた。外を見ると、傘を差してもびしょ濡れになりそうなほどの大雨であった。
仕事を終え、もうすぐ帰宅しようとしていた陽菜乃も、駅まで行くのを諦め、雨が少し落ち着くまで職員室に残ることにした。
書類の整理や次の授業の準備をしながらも、心はそわそわして落ち着かない。
スマホを手に取り、お天気アプリを開く。
—いつになったら、雨が弱まるんだろう…
しばらくして職員室内を見まわすと、ほとんどの教員が帰宅していて、職員室は静まり返っていた。そんなときに、ふいに声をかけられた。
「こんな遅くまで残業ですか?」
振り返ると、帰り支度を済ませて鞄を肩にかけた美穂の姿があった。
陽菜乃は数日前のことを思い出す。
—そうだ。ちゃんと面と向かって話せるように頑張るんだった。今日こそ。
陽菜乃は小さく息を吸った後、少し緊張しながらも美穂の質問に答える。
「雨が落ち着くまでここで仕事でもしてようかなと思って…駅まで歩くの大変そうなので」
そう、と美穂が言うと、何かを考えるように少しの間が空く。
やがて何か思いついたように陽菜乃の方を向く。
「…なら、送っていきましょうか、駅まで。私の車でよければ乗ります?」
陽菜乃は一瞬言葉を失う。
—え、ホントに…?
胸が締め付けられるような感覚に襲われて、顔が熱くなる。
「あ、ありがとうございます…それじゃあ、お言葉に甘えて」
つい、小さく返事をすると、美穂は軽く笑った。
「職員玄関で待ってるので、片付けが終わったら来てくださいね」
美穂は小さく手を振り、職員室をあとにした。
陽菜乃は急いで書類やパソコンを片付ける。心臓の音が耳の奥に響いて鳴り止まない。少し手が震えて、書類を落としそうになる。
—日比谷先生と、車で、ふたりきり…
嬉しい、嬉しいけど…
このあとのことを想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
帰り支度を済ませ、鞄を手に持つ。一歩踏み出した足取りは少し重かった。
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