第9話 視線の先にはいつも…

 翌朝、陽菜乃は寝不足気味のまま出勤した。昨夜はレストランでの失敗を思い出してしまい、なかなか眠りにつけなかったのだ。

「おはようございます。久慈先生」

 その一言で、陽菜乃は生き返ったような気がして、振り返ると美穂の姿が。今日はヒラヒラしたリボンの髪飾りをつけていた。かわいい。

「…お、おはようございます」

 慌てて返した声が上ずる。緊張して長い時間目を合わせることはできないけれど、声を聞くと安心して癒される。

—朝から日比谷先生と話せた。これは嬉しすぎる。それにリボンも可愛い。

 舞い上がる気持ちを隠すように、陽菜乃は足早に音楽室へと向かった。


 今日は一限目から授業がある。オーケストラ鑑賞の授業なのでDVDやモニターをセットし、配布プリントが人数分あることを確認する。

 窓を少し開けると、朝の心地よい風が吹いていた。陽菜乃は気持ちを落ち着かせる。


 やがて授業が始まり、音楽を流し始める。

「それじゃあ、動画を流し始めますよ。静かに聴いてね」

 曲が流れ始めると、生徒たちは静かに耳を澄ませる。陽菜乃は生徒たちが真剣に授業を受けている様子を見て安心する。

 ふと窓の外へ視線を向けると、隣の校舎で美穂が授業をしているのが目に入る。さらさらとチョークを走らせ、生徒に向かって話す姿。

—集中、集中。

 それでも美穂がどんな動きをしているのかが気になって仕方がない。窓の方に吸い寄せられるように再び外を見ると、黒髪をひとつにまとめた横顔がきらり。

 思わず見入ってしまい、慌てて視線をプリントに戻す。

 集中しよう、と心の中で唱えるたびに、逆に気持ちは窓の外へ吸い取られていった。

 

 気づけば曲は終わり、生徒たちは感想を書き始めていた。陽菜乃は意識を無理やり授業に戻す。

「もう一回流します」

 慌ててモニターのリモコンを探して、映像を再生する。

 陽菜乃は深呼吸しながら、これから解説する授業の資料を手に取る。

—何してるんだ私。いざ面と向かって話すとなると目が合わせられないのに、授業中になると日比谷先生を目で追いかけて。これじゃあストーカーじゃん…

 胸の奥に、冷たい不安が広がる。

—このままだと日比谷先生に嫌われちゃうかも。

 そう思った陽菜乃は首を小さく振り、自分に言い聞かせた。

 もう見ない、少し我慢しよう。

 それに、ちゃん自然に、面と向かって話せるように頑張ろう。

 少しだけ気持ちを整えた陽菜乃は、生徒の方へと向き直った。

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