第3話 となりになっちゃった!?
金曜日の放課後。駅前の居酒屋には、堤ヶ丘女子高校の教員たちが次々と集まっていた。
「こっち空いてますよー」
3年6組副担任の
明るく人懐っこい笑顔。堤ケ丘女子高校に来て今年で3年目の彼女は、すでにこの学校の空気に馴染んでいる。
その隣では、1年1組担任の
「久慈先生はこっちに座る?あ、でも日比谷先生の横がいいんじゃない?」
冗談めかした声に陽菜乃の心臓が跳ねる。
「え、いや…」と言いながらも、美穂のとなりに腰を下ろしてしまう自分がいる。
「新しく着任された先生方を歓迎して、乾杯!今年もみんなで頑張っていきましょう」
ジョッキのぶつかる音があちこちで響く。
生ビールの冷たさが喉を滑り、陽菜乃は少しだけ肩の力を抜いた。
向かい側では、2年3組副担任の
「金町先生、自己紹介の時緊張してたでしょ」
「だって、最初って緊張するじゃないですか」
「それ、すごくわかります」
凛は陽菜乃と同じく今年度から堤ヶ丘女子高校に来た。年齢も近く、凛とはすぐに会話が弾んだ。
「久慈先生って音楽科だよね。授業ってどんな感じなの?」
塚田の問いに、陽菜乃はグラスを置いた。
「まだ一年生はこれからですけど、音楽室でみんなが歌う様子っていいですよ。私も早くこの学校の校歌覚えないと」
「へえ、素敵じゃない」
美穂が微笑みながら相槌を打つ。その何気ない仕草にやられる。自分だけに向けているわけではなく、きっと他の誰に対してもあんな表情をするのだろう。そう言い聞かせ、陽菜乃は心を落ち着かせた。
歓迎会も中盤に差し掛かる頃、篠田が酔った勢いで言った。
「日比谷先生って、“お姉さん”って感じですよね。安心感があるっていうか」
「え、なにそれ」
美穂は笑って箸を置いた。
「そうそう、大人の女性って感じ」
凛も笑いながら賛同する。
その言葉に思わず頷きそうになり、慌てて料理を口に運んだ。
—わかる、わかりすぎる。けど、だけど…
そんなことをここでは言えなくて。変に意識してしまう。陽菜乃はこの話題の中では何も言えなかった。
帰り道、駅までの道のりを歩く。街は金曜日の浮ついた空気でざわめく。
美穂は仲の良さそうな先生と数人で並んで歩いていた。
陽菜乃は少し後ろからふと前を見る。黒いジャケットの肩越しに揺れる美穂の長い髪。ほんのり街灯に照らされ、髪が柔らかく光る。
—いいな。あそこに混ざって歩きたいな…
気づけば頭の中でのひと言がそのまま口から漏れそうになった。
「…私も…」
「え?」
すぐ横を歩く凛が、首を傾げながらこちらを見ていた。陽菜乃は否定の意味で、慌てて手を振る。
「い、いや、なんでも…夜は涼しくていいなぁって」
凛は疑問符を浮かべるような顔をしていたが、すぐに前を向く。
陽菜乃は落ち着こうとわざと視線を下に落とす。
—危なかった。
その夜、陽菜乃は布団に入ってからも、美穂のことを思い出してしばらく眠れなかった。
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