第2話 前世の俺、変態だった(絶望)

 その音を聞いた直後、俺の身体に鋭い痛みが走った。


「っ!」


 まるで鞭で打たれているようだ。

 この痛みが魔力を吸い取られている感覚ということか。

 しかしその痛みは止まることを知らない。


「ああっ!」


 くそっ。

 体がバラバラにされているような感覚がずっと続いて止まない!

 どうにかしてこの状況を脱しなければ…


「誰か!」


 助けの声を呼んだ。

 だが、もちろんここへ助けにきてくれるような人はいない。

 もし聞こえていたとしてもだ。


 なにかないか。

 思い出せ、何か思い出せ。

 このままだと兄さんの言っていた通りに気が狂ってしまいそうだ。


 魔道具は、外そうとしても外せない。

 痛みによって体が紐で縛られたかのように動かないのだ。


 魔術だって当てにならない。


 ああ、なんだか意識が遠のいていくような感覚まである。


 ん?


 意識が遠のいていく感覚?


 この感覚、覚えがあるぞ!?


 思い出せ、思い出せ。


 そこに状況を打破する手がかりがあるはずだ。


 全身を紐で拘束されて、鞭で打たれながら意識が遠のいていく感覚。


 そうだ、俺は!






   ◇ ◇ ◇






 俺は、日本で働くしがない会社員だった。


「なんでこの程度の仕事も出来ないのよ!」


 俺自体無能なこともあり、窓際部署で若くして昇進した女上司にいつも罵倒される毎日だった。


 だからこそ、俺は人一倍頑張ったつもりだった。


 でも、どれだけ頑張って働いてもミスが多く、どれだけ努力しても認められなくって。

 典型的な仕事ができないと言われる人間だったと思う。


 結局は女上司に罵倒される日々だった。


 彼女はとても優秀な人間だったから、俺のような人間が理解できないのだろうか。


 そんな日々が、何年も、何年も続いてしまった。


 そんなことが続いていくなか、俺は普通ではいられなくなってしまった。







 歪んでしまったのだ。











 性癖が。







 ああ、俺はなんてダメな人間なんだろう、万年窓際部署で若くして出世した女上司に罵倒されている無能じゃあないか。


 とても恥ずかしい。

 だが、それが素晴らしくいい!


 女上司の罵倒に興奮する、ド変態なドMに成り果ててしまったのだ。



 それからというもの、毎日がご褒美になった。



 女上司に罵倒してもらう為ならば、いくらでも仕事ができた。


 だから、いつも笑顔で仕事ができるようになった。

 いつも夜遅くまでいつまででも残業できるようになった。




 できるようになってしまった。


 


 そこにはもう、窓際部署で死んだ魚の目をし、パワハラ紛いの罵倒をされているおっさんはいなかった。


 客観的に見ると、会社のために喜んで残業をし、いつも笑顔で人当たりも良い人になったのだ。


 年齢的にも十分に経験を積んでいる状態でもあった。



 そのことにより、設立される新しい部署へ移動することになったのだ。



 女上司の下ではない部署で働くことになってしまったのだ。



 こうして、俺と女上司は離れ離れになってしまった。




 だが、あの感覚を忘れることはできないだろう。

 生きる気力となった感覚を忘れることなどできないはずだ。



 俺は女上司に罵倒される快感を忘れることができなかったのだ。



 ああ、女上司に罵倒されたい。


 いや、もういっそ女上司じゃなくてもいいから罵倒されたい。


 辱めを受けさせてもらいたい。


 その想いは、俺の中でどんどんと大きなものへと変わっていった。


 だから俺は、SMクラブなるところに行ってみることにした。





 次の週末、俺はそこで運命的な出会いをした。




 奇跡としか言いようがない。



「私にしばかれたい豚はどこのどいつかしら?」



 そう言って出迎えてくれたのは女上司だったのだ。


 いっぱい鞭で叩いてもらった。



 俺は罵倒だけじゃない、鞭で打ってもらう行為にとても快感を覚えるようになった。



 馬と同じ扱いだぞ?


 俺は快感を覚えない人間の方が異常だと思う。


 それから俺は、行ける日は毎日足繁く通うようになった。

 台風の日だって、大雪の日だって通った。


 幸せだった。

 鞭で打ってもらうのは。


 人生の絶頂だと思った。



 しかし、女上司はそうは思っていなかったらしい。



「なんであんたはいつもいつもここに通ってくるの!?」



 ある日突然女上司は怒った。



「普通、元上司がこんなところで働いているのをみたら、気まずさで二度とこないものでしょ!?」



 正論である。


 女上司は、俺のことを鞭で打ち始めた。


 全力で、止まることを知らずに。



「これで1年よ!?あなたが通い始めて」



 ああっ。


 紐で縛られていて身体が動かない。


 いままでの鞭とは比べ物にならない痛みに、脳が焼かれていく。


 気持ちいいな。



「もうこれで終わりにしましょう!」



 全身が紫色に変色していく。


 内出血の影響だと思われる。


 全身がどんどん腫れていっていると感覚でよくわかる。



 意識が遠のいていくのを感じる。



 俺、もう死ぬんだ。



 ああ、女上司の鞭気持ち良すぎだろ。



 死への恐怖よりも鞭の気持ち良さが勝ってしまうなんて、俺は本当にドMなんだなあ…



 そんなことを考えながら、俺はこの世から去ったはずだった。




   ◇ ◇ ◇




 そうだ。


 俺は異世界転生していたんだ。


 ただ、感覚的に言えばサン・マゾヒストに前世の記憶が生えた状態、主軸はサンのままだな。


 だから、前世の俺の気持ち悪さがこれでもかと伝わってくる。


 ほんと気持ち悪いな。


 だが、そんなことは今はどうでも良い。



 とても気持ちいいのだ。



 ああ、前世の記憶を思い出したことで、魔力枯渇がものすごく気持ちよく感じる。



 痺れて動けない体、続けて感じる鋭い痛み、そして体から魔力が抜けていく感覚。




 魔力枯渇、気持ち良すぎだろ。




 ああ、本当に女上司に鞭でしばかれていた日々を思い出す。


 最後の日も最高だったなあ。


 拘束されているなか、鞭で痛めつけられていく感覚。



 今の感覚ともよく似ている気がするんだよなあ。



 意識が遠くは消え去っていくような感覚も…


 あれ?


 これって結構危ない状況な気がするんですけど気のせいですかね?



 あっ、これ気のせいなんかじゃない。


 やばいやつだ。


 そうして俺は意識を失った。




____________________________

 あとがき


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