コロリン〜銭湯と遷都〜
もちうさ
第1話 銭湯と戦国とタイムトラベル
都内の小さなアパート。
20代会社員の高橋直樹は、今日も帰宅して玄関でため息をついた。
「またかよ……給湯器、全然ダメじゃん……」
シャワーをひねっても、水しか出ない。肩を落とし、その場にぺたんと座り込む。
大家に連絡しても、冷たい返事しか返ってこない。
「すいません、今、給湯器品薄で2か月待ちです」
「2か月……風呂なし生活かよ……俺、どうすんの……」
仕方なく、徒歩5分の銭湯「天国湯」へ向かう。
昭和の香りが漂う暖簾をくぐると、湯気と石鹸の匂いが鼻をくすぐった。
しかし、目に入ったのは湯舟に集う老人たちばかり。
しかも、ただの老人ではない——戦国武将のような鋭い眼光と、場を支配するような貫禄を放っている。
そろりと湯舟に浸かる直樹。
すると、湯がブクブクと揺れた。いや、爺さんたちの屁で泡が立っていた。
「うわっ……これ、戦乱かよ……」
洗い場では、爺さんたちが桶をコップ代わりに歯を磨き、ついでに洗濯まで始めている。
直樹は思わず後ずさりした。
「なんだこの銭湯……汚いし、戦国時代に迷い込んだみたいだし……」
そのとき、湯舟の端で佐藤爺さんが低く声をかけた。
「若造、よく来たな。我々はただの銭湯の爺じゃない。タイムトラベラーであり、戦国武将の末裔だ」
直樹は目を見開く。
「は、はぁ……? 銭湯でタイムトラベル!? しかも戦国武将って……」
田中爺さんがコロリン桶を手に取り、湯をかき混ぜながら笑う。
「鎌倉を首都に再建するため、過去の戦乱——応仁の乱——も計画に組み込むんだよ」
直樹は頭を抱える。
「え、待てよ……銭湯の桶で歴史を操るってこと!?」
佐藤爺さんがうなずき、湯舟の泡をかき混ぜる。
すると泡が光を帯び、次の瞬間——湯気が渦を巻いて異空間へと変貌した。
そこは、別名「極楽湯」。
天国湯の湯舟は、泡を介して異次元空間に繋がり、あらゆる時代の歴史へアクセスできる場所になるのだ。
泡の向こうには室町時代の京都が映し出され、東軍と西軍の激しい衝突、逃げ惑う町人、蠢く武将たちの陰謀が鮮明に現れていた。
直樹は恐る恐るコロリンを手に取る。
「……えっと、右の泡で東軍を操り、左の泡で西軍を止める……って感じ?」
田中爺さんが笑いながら指示する。
「そうだ。泡の角度、水流、タイミングすべてが歴史の鍵だ。慣れれば町会征服もお手のもの」
湯舟の湯気の向こう、爺さんたちは戦略会議を始める。
「次はこの町会、応仁の乱とリンクさせて征服だ」
「いや、鎌倉の首都化作戦も同時進行でいくぞ」
直樹は小さく笑った。
「……なんだかんだ言って、ここ、居心地悪くないかもな」
こうして、奇想天外な日常が幕を開けた。
極楽湯——異次元の湯けむりの中で、戦国爺たちの笑い声と泡の弾ける音が、未来と過去を同時に揺らしている。
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