ちいさな月のパン屋さん
霜月あかり
ちいさな月のパン屋さん
森のはずれに、夜だけひらく小さなパン屋さんがありました。
お店の名前は「ルナベーカリー」。
店主は、三日月みたいな形の耳をもった、うさぎのルナです。
ルナは毎晩、月の光をこねた生地でパンを作ります。
三日月パンはほんのり甘く、食べると眠れない夜がぐっすり眠れる夜に変わります。
満月パンはふわふわで、食べると楽しい夢が見られるのです。
ある夜のこと。
「……ここかな?」
森をさまよっていた小さな子ぎつねが、そっと戸を押しました。
「いらっしゃい」
ルナがにっこりと迎えると、子ぎつねは今にも泣き出しそうな顔で言いました。
「ぼく、夢をなくしてしまったんだ」
「夢を?」ルナは首をかしげます。
「うん……なりたいものも、やりたいことも、ぜんぶなくなっちゃった。胸のなかが、からっぽなんだ」
ルナはしばらく考えると、棚からあたたかなパンをひとつ取り出しました。
「はい。これは満月パン。ふわふわで、あまいパンだよ」
子ぎつねは目をぱちぱちさせます。
「ぼくが食べてもいいの?」
「もちろん。――これを食べてごらん。夢はきっと見つかるよ」
子ぎつねは両手でパンを大事そうに抱え、ぱくり。
「……わぁ、あまい。やわらかい!」
その瞬間、体の奥からあたたかさが広がっていきました。
その夜――。
子ぎつねは空を自由に駆ける夢を見ました。
「はしれる! ぼく、空をはしってる!」
星のあいだをすりぬけ、月とならんで走るのです。
朝になって目を覚ますと、胸の中がぽかぽかしていました。
「ぼく、大空を飛びたい……!」
子ぎつねの胸には、新しい夢が生まれていたのです。
それから子ぎつねは、毎晩ルナのパンを食べにやってきました。
「今日は、どんなパン?」
「星のかけらをまぜこんだ、きらきらパンだよ」
「わぁ!」
食べるたびに夢はふくらみ、子ぎつねの瞳はきらきらと輝いていきました。
やがて森の動物たちのあいだで、ルナベーカリーのうわさが広がります。
「夢を見つけられる、不思議なパン屋さんがあるんだって」
「眠れない夜でも、パンを食べるとぐっすり眠れるらしいよ」
ある夜の店先。
「ねえ、ぼくにも!」リスが手を伸ばします。
「わたしもほしい!」フクロウが羽をばたばたさせます。
「おれも並ぶぞ」タヌキもやってきました。
ルナはくすっと笑いながら、月の光をこねつづけます。
「夢を見つけるお手伝いができるなんて、パン屋さんになってよかった」
夜の森には、パンの甘い香りと、
みんなの夢が静かに広がっていきました。
ちいさな月のパン屋さん 霜月あかり @shimozuki_akari1121
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます