幕間 その四

「今日も、殿下はいらっしゃいませんでしたね」

「きっとお忙しいのよ」

 凪の葉は、物鬱げに肘置きで顎をつく輝子きしに声をかけた。

 帰ってきたのは、覇気のない、諦めたような声。

 その視線の先では、唐紅に色を変えた葉が意味もなく揺れている。

「もう半年です。中宮になったと言うのに、殿下は半年もいらしていません。いくらなんでも礼に欠くのでは?」

「そうかもしれないわね」

 理由ははっきりしている。

 輝子きしの親兄弟の身分が高いからだ。

 身分が高すぎるが故に、これ以上の権限と権力を与えてなるものかと、帝本家が考えた末の結果。

「建前でしかないなら、こんなことしなければよかったのに」

 これが、最近の輝子きしの口癖だ。

 それを聞くたびに、凪の葉は悲しくなる。

「そんなこと、おっしゃらないでください」

 いつものように返そうとしたとき、輝子きしの視線が、何かを追っていることに気がついた。

 池から蜻蛉とんぼでも飛んできたのか、とつられて見れば、そこにいるのは庭師の青年。

 こちらの視線に気がつくと、眉ひとつ動かさずに礼をして、剪定した紅葉を差し出す。

「文机にでも」

 そう言って渡された花は、数を増やしている。

 花瓶には花が絶えることがない。

 それを、どこか柔らかな雰囲気を漂わせて眺める輝子きしに、どこか嫌な予感がした。


――輝子きしが、罪に問われたのは、その翌日。

 地球が見えなくなる、十五夜のことだった。

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