二
駄菓子屋には看板がなかった。
店の名前は「太子堂」と言うのはあとになってから知った。
氷と書かれた旗の下には氷かき機があったので言えばかき氷も食べられるのだろう。値段が書いてないので選ぶことはなかった。
値段なんて聞けばいいだけのものだが、当時の自分にはわからないことを知らない人に聞くことはひどく怖いことのように思えた。
店先には値札のある5円から50円程度で買えるあたり付きのラーメンスナックやガム、グミなどが一通り並んでいた。
駄菓子を入れるための小さいカゴがあったのでそれを手に取った。初めての店だったためしばらく店先のお菓子を見るふりをして様子を伺った。どうやら、買うときに声をかけないと店主は出てこないようだった。
客は今のところ自分一人だったのでゆっくりと品定めができた。
どこで飛ばそうが迷ったが、壁に掛かっているソフトグライダーが目についたのでそれも買うことに決めた。田舎なのでどこでも飛ばせそうだったが、その分池や木に引っかかってすぐに無くしてしまいそうでもあった。思い切って隣のお寺の階段の上からでも悪くないなとも考えたが、なくすともったいないのでそのあと組み立て、部屋の中で少し飛ばしただけで、帰る頃にはその存在さえ忘れていた。
それから、いくつかのお菓子を選び気づけばカゴの半分くらいになっていた。
道中随分汗をかいていたので、のどがカラカラだった。何か飲みたかった。
自動販売機もそんなにない時代だったので、当時の子供は公園の水を飲むのが主流だった。来る途中に公園でもあれば飲んでいたのだろうがこの店に着くまでそんなものはなかった。
溶かすとコーラの味になる粉のお菓子はカゴに入れたが、これは帰るまではただの粉だったし、粉のまま食べても水分は取れそうもなかった。
ふと、店の奥に目をやると透明なガラスケースの冷蔵庫が目に入った。
中には上から紙パックの牛乳、フルーツオレ、コーヒーミルクがあり、一番下の段には青く透明な瓶に入ったラムネソーダがあった。
飲んだことがないわけではなかったが、両親と住んでいるところはわりと都会的な場所だったので、当時は逆に滅多に出会うものではなかった。
普段なら好んでコーヒーミルクを選んでいた自分だが、その時ばかりはその青い瓶とソーダの泡がとても魅力的に見えた。
のどの渇きがひどかったこともあり早くそれを飲みたい衝動にかられた。
おそるおそる店の奥に向かってスミマセンと声をかけた。
反応がなかったので何度か声をかけた、しばらくするとゴソゴソと人の動く気配が聞こえた。
廊下の向こうに引き戸が開く音がしてようやく人が出てきた。
いらっしゃいと言って出てきたのは白いごまヒゲの禿げ頭の小柄な無愛想なじいさんだった。何だか少し怖いような気がして品物を置いて帰りたくなったが、何よりものどが渇いていたので冷蔵庫のラムネソーダを飲むためにはそんなわけにはいかなかった。
買い物カゴを差し出して、これくださいといい、最後に冷蔵庫のラムネを指差しアレも、と付け加えた。
じいさんは黙ってカゴを受け取ると粗末な机に置き、一つ一つを手に取り、そろばんを弾いた。
慣れた手つきでビニール袋に品物を入れて行き、最後にラムネの代金を加算した。
持っていったお金が足りないかの不安もあったが、やはり、そこは当時の駄菓子だったのでゆうにお釣りが来るほどだった。
じいさんはお釣りと袋を渡すと冷蔵庫からラムネの瓶を取り出した。
早く受け取って店を出ようと手を出したが、じいさんはそれを渡さずにひと言、
今飲むのか?と聞いてきた。
なんでそんなこと聞くのかよくわからなかったが、うん、とだけ頷くことにした。
自分が頷くのをみたじいさんは瓶を持ったまま、お金の入っている戸棚の一番右下の引き出しをあけた。
そして、そこから木製の小さな玉押しを取り出した。
当時のラムネにはビー玉を下げるためのプラスチックの玉押しが一緒についているものだったが、その店のラムネはどうやらそれが付いていないもののようだった。
使い古されて何とも言えないくすんだ色になっている玉押しを瓶に当てじいさんはんっ、と力を入れてビー玉を落とした。その後に滞在中何度もその店でラムネを飲むことになるのだが、木製の汚れた玉押しとじいさんの手慣れた瓶をあける姿が何とも心地よく感じていた。
それを見るためにラムネを買っていた節さえあるのだ。
じいさんは無言でビー玉の落ちた瓶を渡すとそのまま店の奥へ戻っていった。
直射日光のあたる店先でキンキンに冷えたラムネソーダの炭酸の刺激とレモンの甘酸っぱさが乾いたのどを潤すのを感じた。
やかましく鳴いているアブラゼミが夏であることをしつこく皆に知らせているようだった。
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