最終話:終焉の徒花(アナザーバージョン)
最終話:終焉の徒花
咆哮は、生理的な熱波となって夜を灼いた。
ガラスの要塞の麓、うごめく数千の「肉の海」。その中心で、少女(花)は自身の肺胞を四百年前の冷気で満たしていた。
「――行かせるな」
誰かの喉が裂け、漏れ出したその一言が、全個体の網膜を「赤」に染め上げた。リストラ、介護、絶望。それら世俗の澱(おり)は、今、ひとつの根から吸い上げられる純粋な「狂気」へと昇華される。
鉄の盾を構えた群衆(機動隊)は、もはや己の重力さえ失い、押し寄せる肉の津波に飲み込まれていった。
男(刑事)は、その地獄図の中心にいた。
警棒が肉を打つ音、骨が軋む震動。それらはすべて、四百年前の介錯を待つ民の絶望と完璧に共鳴し、ひとつの巨大な「痛み」を編み上げていく。
男の喉は乾ききり、視界の隅では、ありもしない赤い花弁が吹雪のように舞っていた。
少女は、数千の祈りと怨念が作り出した「肉の道」を、音もなく進む。
最上階。死を拒絶する強欲な香気が満ちる部屋。
横たわる「肥大した大樹」の傍らに、少女は立った。
少女の指先が、黒檀の棘(簪)をその首筋へと這わせる。
皮膚が裂ける微かな音。熱い飛沫が少女の白磁の頬を汚した瞬間、四百年の円環は、残酷なまでに美しく閉じた。
少女はゆっくりと、窓の外の闇を見つめた。
手にしていた黒い棘を、夜の深淵へと放つ。それは重力から解き放たれ、無という名の闇に溶けていった。
「……終わったのですね」
少女の瞳から色彩が抜け、ただの空虚な器へと還っていく。
男(刑事)がたどり着いたとき、そこにあったのは、もはや名前を失った「抜け殻」と、あまりに静謐な死の匂いだけだった。
――その後、物語は語られることを拒んだ。
男は、自身の内側に「根」が張っていくのを感じていた。
あの日、群衆が分かち合ったのは、救いではない。消えることのない、共有された「呪い」だ。
街の片隅。
誰かが肺を侵す「赤」を感じ、不意に、心拍のリズムが狂い出す。
少女が残したのは、希望などという脆弱なものではない。
絶望を養分とし、肉体を突き破って咲き誇る、終わりのない「疼き」そのもの。
男は、自身の指先が微かに震えるのを、愛おしむように見つめていた。
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