第六話:時渡りのロッカー
第六話:宿命の調律
ガラスの要塞。その最上階には、死を拒絶し、人工的な鼓動を刻み続ける「肥大した肉塊」が横たわっていた。防腐剤と虚飾の香気が、無機質な空気を汚濁させている。
男(刑事)は、廊下の果てに立つ「それ」を捉えた。
墨を溶かしたような髪、白磁の肌。しかし、その瞳に宿るのは少女の光ではない。四百年の歳月をかけて煮詰められた、凍てつくような怨念の火だ。
少女の指先には、血管のような紋様を浮かび上がらせた黒檀の簪。それが今、かつて肉を裂いた刃の記憶を呼び覚まし、空間の温度を奪っていく。
「そこまでだ」
男の声は、自身の肺を鋭く切り裂く冷気とともに放たれた。網膜の裏では、あの赤い花弁が狂おしく舞っている。
「その紅は、すでに器を壊している。四百年の渇きが、その小さな喉を焼き尽くしているのが見えないか」
『……退け。我が道を阻む者は、何人たりとも刈り取るのみ』
少女の唇から漏れたのは、奈落の底から響くような地鳴りの声。
空気が張り詰め、男の視界は、少女が振りかざす「黒い刃」の一点に凝固した。心拍が、自身の意志を離れ、外部のリズムに同調していく不快な律動。
その時、病室の扉が、音もなく開いた。
そこにいたのは、白衣を纏った「土」の一人(看護師)。彼女は巫女のような静謐さで、死の儀式の完成を告げる。
ベッドサイドに置かれた一輪の彼岸花。そして、なけなしの絶望をかき集めた、血の色の封筒。
「……整いました。最後の介錯を」
少女の動きが、ぴたりと止まった。
自身の怨念を追い越して完成された、美しき死の舞台。それは、四百年の計画にはなかった、残酷なまでの「共鳴」。
少女の瞳の奥で、僅かな亀裂が走る。
「……ぁ……」
か細い、本来の少女の吐息が、死の静寂を震わせた。
男は、自身の四肢を縛る透明な糸が、一瞬だけ緩むのを感じた。
男は、凝固した時間の中で、深淵へと問いを投げた。
「選べ。その赤を呑み下し、永遠の呪いとなるか。あるいは、その器を壊し、無へと帰るか」
四百年の沈黙が、今、決壊しようとしていた。
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