第四話:後編:蜘蛛の糸

第五話:蜘蛛の糸

​「わたくしは、土に縋る種ではない。……紅く、咲き誇るそのもの(花)なのだから」

​医師のその言葉が、男(刑事)の肺に冷たい泥を流し込んだ。

隔離された空間で増殖する、歪な生態系。男は、己の正義という名の松明が、湿り気を帯びた闇に飲み込まれていくのを感じていた。

​戻った自席。灰色の紙屑が積み上がる死角に、漆黒の塊が沈んでいた。

それは、不気味なほど無機質で、周囲の熱を吸い取る黒い結晶のように見えた。

​震動。

指先を這い上がる微かな震えが、男の心拍を外部から強引に書き換える。男は、麻痺した腕でその異物を耳へと運んだ。

​『――もしもし。聞こえますか、追跡者の方?』

​鼓膜を甘く噛むその響き。鈴の音のような清涼さと、死蝋のような冷徹さが混ざり合った声。初めて聞くはずのその音は、なぜか男の遺伝子に刻まれた恐怖の記憶を呼び覚ました。

​「……お前が、根源(オリジナル)か」

​『ふふ。あなたは、あの誇り高い花よりも、ずっと美味しそうな渇きを抱いている』

​「何が目的だ」

​『目的? ……そうですね。ただ、その瞳が曇る瞬間を見届けたいだけ。あなたは、土にもなれず、花にもなれず、何処へ堕ちていくのかしら』

​言葉が途切れた瞬間、世界から一切の熱が消えた。

男の手の中に残されたのは、もはやただの冷たい石塊でしかなかった。

​男は、自身の四肢に、目に見えぬ透明な糸が絡みついているのを感じた。

息を吸うたびに、その糸が気管を締め上げ、肉に食い込んでいく。

巨大な蜘蛛の巣の深淵で、自分が獲物であるのか、それとも次の「赤」を咲かせるための苗床であるのか。

​首筋を這う、鋭利な痛みの余韻。

男は、自身の指先が、あの彼岸花の棘に触れたときのような、甘い痺れに侵されていることに気づいた。

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